材料について

ペック社のチョコレートについて(2)

〔イッサンジョーの国立製菓学校での実習〕

各地の講習会でヴァローナの品質の悪さを口にすると、多くのパティスィエが、一瞬ぎょっとした表情をされます。でもその理由を説明し、ペックのチョコレートで作ったお菓子やプティ・ショコラを食べてみてもらえば、多くの方がヴァローナのチョコレートなどは足元にも及ばないそのおいしさに驚かれてしまいます。

でも、この方達も、その時までは断然ヴァローナのチョコレートが秀でていて、ペックのチョコレートこそどうしようもない安物だと考えられていたのです。

異口同音に「前試食した時こんなにおいしいと思わなかった」と感想を述べられます。

今年は久しぶりにフランス菓子教室の生徒さん達と、フランス、イッサンジョーの製菓学校で実習の研修をしました。プルーンのクラフティ、りんごのペイザンヌ・シブースト、マカロン、ブリオッシュ・プラリネ…。フランスの滋味豊かな素材で作ればどれをとっても日本では経験出来ない心と身体に、五感に、押し寄せるおいしさがあります。

いつも感じることではありますが、今年は特にチョコレートを使ったお菓子がおいしくない。ヴァローナのチョコレートです。私や私の教室の生徒さん達は、ずーっとペックのチョコレートを使い、その深くて力強い一つ一つの個性的な味わいがチョコレートのあるべき正しい基準として、今年はさらに感覚の中に記憶されてきたことがヴァローナのチョコレートを使ったお菓子に物足りなさと希薄さを感じた理由だと思います。


これは私だけが感じたことではありません。ほとんどの生徒さんが「おいしくなかった。何か物足りなかった」という感想を言われました。

ペック社のチョコレートについて(1)

〔ペック社のチョコレートやプラリネがすべてのお菓子を力強く蘇らせる〕

 今から二十年以上も前のこと。年々、日本に輸入される菓子の素材は劣化の一途をたどっていました。チョコレートも例外ではなく、フランスに流通するものとは異なる低品質のものが日本に多く輸入されていました。

素材が悪くなれば技術は細かすぎるものになり、作り手も食べても疲れる味わいとなってきます。そこで自分の舌で選んだ素材を輸入しようと、さまざまの困難の末にようやく素材が届き始めました。

当時は最初にパティスリーを開いた元代々木町で、ようやく日本とフランスの素材の違いが克服されつつある頃でした。しかしプティ・ショコラやチョコレートを使った生菓子など、何かもう一つ、納得がいかない味わいでした。ようやくペック社のチョコレートが届き、さまざまのお菓子を作り始めました。すべてのチョコレートのお菓子が蘇ったのです。まばゆい光を放ち始めたのです。今まで何となく古っぽくて、くすんだ味わいの表情しかなかったお菓子が、こんなにも、チョコレート一つで変わるものかと本当に驚きました。初めての渡仏以来、ずっと挑み続けてきた、日本とフランスの素材の調整にかなり身も心も疲れ果てていた頃でした。でもこの新しいチョコレートの到来が、私にまたお菓子を作る楽しみと喜びが大きな力をもって再び溢れてきました。

本当に嬉しかった。

チョコレートだけではありません。プラリネ、ジャンドゥージャも本当においしい。力をもって膨らみ踊る香り味わいに比べるものはありません。

「パティスリー・フランセーズそのイマジナスィオン・フィナル」でも述べた、お菓子作りの最後の目的である、一つのお菓子の中にピレネー山脈の風の動きや大西洋の波のうねりを感じさせるぼうようとした大きな味わいがお菓子作りの最後の目的でした。やっと二年前に達成出来た「ヘーゼルナッツのロールケーキ」は、宙空に飛び立つような香りと味わいのペック社のプラリネがなかったら、おそらく辿りつけなかったのではないかと思います。

 


〔私が見て感じるペック社と、そのチョコレート〕

 ペック社はパリの郊外、サンジェルマン・アン・レイからほど近くの住宅地にある。外観からはチョコレートの向上と気付くことはない小さなレンガ造りの建物の中にあります。年産100トン余りの本当に一度に200kgという少量を手作りの感覚でつkつています。社長のデルシェ氏とお父さんがこのチョコレート工場を知人から譲り受けました。お父さんはカカオバリー社におられ、アフリカや南米にカカオ豆の取り扱い業者との強いコネクションを持ち、少量ではあるが味わいの力強い個性的なカカオ豆やそれによって作られたビターチョコレートを輸入しています。

ヴァローナ社のように大量生産になれば当然大量の個性的なカカオ豆での生産は不可能となります。カカオ豆の選択と共に、デルシェ氏の味わいに対する感覚はとても素晴らしく、個性的でありながら香り、味わい、舌触り、口溶けなどのバランスは他のメーカーの追随を許しません。私にとって心からの尊敬を感じる、まさに「チョコレートのプロであり職人」の技なのです。かれはソルボンヌ大学を卒業後、かなり経ってお父さんの後を継がれたのですが、さまざまの経験と勉強によって、その間隔を磨き上げてきました。

一つのチョコレートはペック社では通常3種類の産地の異なるカカオ豆をブレンドして作り上げます。カカオ豆はもちろん農産物であり、天候に左右され、年によって品質にブレがあります。離れたところにある三か所のカカオ豆によって、天候などによる品質のブレを小さくするためにブレンドします。また一つの産地のチョコレートでは香り、味わいすべてを併せ持っていることはなく、それぞれ特徴のあるカカオ豆をブレンドすることによって一つの印象的な味わいのチョコレートを作り上げます。

このブレンドの感覚は本当に素晴らしいと思います。例えばスーパー・ゲアキルはゲアキル産の芯のある香りをさらに印象的な全体の味わいになるように組み立てられている。

また、ホワイトチョコレート(ショコラ・イボワール)はどんなものと比べても、あまりにおいしすぎます。プティ・ショコラはもとより、生クリームに混ぜてもとんでもなくおいしい。ホワイトチョコレートはカカオバターに砂糖、全脂粉乳を混ぜたものです。最良のカカオバターと共に、フランス産の最良の全脂粉乳を加えます。だからあれだけおいしいのです。原価を下げることにきゅうきゅうとしている大メーカーの全脂粉乳ははたしてどうなのでしょうか。彼は自分の作るチョコレートに大きな誇りと自信、責任を持っています。日本向けに品質を落とすようなことはありません。包容力のあるフランスのすばらしさを讃えた正にチョコレート作りの職人なのです。

 

あなたは自信をもってチョコレートのおいしさを自らの感覚と言葉で描写することが出来ますか?

敢えて質問させて下さい。

あなたは自信をもってチョコレートのおいしさを自らの感覚と言葉で描写することが出来ますか?今、実際に使っているチョコレートの香りや舌触りや口溶けや味わいの特徴、そして全体のイメージを詳しく説明することが出来ますか?

 

おそらく多くのパティスィエが最高の味わいのチョコレートと考えているヴァローナ社のチョコレートの味わいを自らの言葉で細かに綴ることが出来ますか?

 

フランス人パティスィエやショコラティエが日本で、そのチョコレートを使ってデモンストレーションをしたからか、あるいは日本人の有名パティスィエやショコラティエが使い、おいしいと言っているから間違いないだろうとかの理由で選ばれている場合がほとんどではないでしょうか。

多くの方が自らの感覚で判断して選ばれたのではないと同時に、日頃使っているチョコレートの味わいをあまり理解してはおられないのではないかと想像します。

それは無理もありません。日本人にはフランスほどチョコレートが日常的に生活の中に入ってきている訳ではありません。下手をすれば、パティスィエであっても、チョコレートを食べるのは毎回バレンタインディの時だけと言われる人も少なくないでしょう。まぁ、理解していないとしても、極めて普通のことです。恥じる必要はありません。一番いけないのは、少しもチョコレートの味など理解していないのに、自分がデモンストレーションをして、雇われたメーカーのうまくもないチョコレートを他の人たちに押し付ける有名パティスィエです。

またフランス人だからといって、すべてのパティスィエやショコラティエがチョコレートの味わいを知っていると思ったら大間違いです。

フランス人パティスィエでもチョコレートの味わいを知っている人は本当に少ないと思います。何故なら私は少しもおいしいとは思わないヴァローナのチョコレートを未だ多くのパティスィエが素晴らしいと思って使っているのですから。

私は少なくともこんなフランス人パティスィエよりは、より深く、チョコレートの味わいを知っています。

 

23年前、私どものチョコレートが比較的安かった頃に、ある方に言われたことがあります。「ペックのチョコレートは安いという理由だけでお客さんに買って貰っている。それがヴァローナのチョコレートと同じ値段になっては、ペックのチョコレートなど存在価値はない」と。

これは私にとって、とても悲しい言葉でした。つまりペックのチョコレートはおいしさもなんにもない、三等級の品質だと言われているのです。でもそれは仕方がありません。この方の考えが、チョコレートに対する日本人の平均的な理解度であると思います。

でも、ペックのチョコレートをしっかりと味わいの感覚を舌先と鼻を集中して食べてみて下さい。出来ればヴァローナのチョコレートと同時に試して下さい。答えはすぐに出ます。チョコレートの味わいの感覚に自信のない人は、どこでも作っているガトー・ショコラ・クラシックなどを作ってみて下さい。どうしてこれほどまでにおいしさに違いが出来るんだろうとだれもが初めは驚いてしまいます。もう他の人の言うことを鵜呑みにして何かをやっていける時代でもないと思います。自分の五感で判断する習慣をつけなければならないと思います。

 

2017年2月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28        
無料ブログはココログ