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2016年11月

手作りの心を失った日本の昨今のフランス菓子業界

「手作りの心を失った日本の昨今のフランス菓子業界」へ添える文

今、時代の流れはパティスィエの手作りの領域を完全に破壊しようとしています。

パティスィエの仕事は毎日がコンクールであり、“体力と知力の限りを尽くしておいしいお菓子を作り、それをお客様に日々お出しする”、それがパティスィエの全てです。

 

私ははっきり言います。テレビに出るのが仕事の有名シェフと、イル・プルー・シュル・ラ・セーヌのお菓子を食べ比べて下さい。どちらが正義なのかは誰にでもすぐに分かります。






私達手作りの菓子職人にとって、もっとも大事な事は、本当においしいお菓子を日々作り続けて、お客様に心からの満足を感じて頂くこと以外にはありません。

しかし、おいしい食物、お菓子を作り続けることはそんなに簡単なことではありません。

常に技術の進化を志し、美味しさのイメージを高め、高い集中力を常に持ってお菓子を作り続けなければなりません。これには、心を体力の高度な集中力が求められます。

 

 

(パティスィエは、厳しい肉体労働の領域)

フランス菓子のパティスィエというと、何か華やかな、常に明るいスポットライトをあびているような職業とみてパティスィエになる人も多い。

しかし実際はパティスィエは肉体的精神的に過酷な職業なんです。

使う機械も限られているし手作業の必要な部分がとても多い。体・手・足を動かし続けなければならない。本当の手作りとなれば18時間の労働時間では満足なものは何も作れない。

一つのサインで何千万、何億の金が動く、銀行や不動産、あるいは大きなメーカーとは労働の質は全く異なります。

そしてどんな高いお菓子でもせいぜい1個は5600円が妥当な値段であり、どんなに一人の人間が労働時間を10時間かけても作れるお菓子の数は限られている。

ちゃんと手をかけて作れば作るほど作れる数は少なくなり、利益は低くなる。

これが今、短い労働時間・高い家賃を背負っての、特に大都会での困難なお菓子作りです。

 

(自分の生き様としてのお菓子作り)

それでもやり続けるのは、私には今さら他に何も能がないのは勿論ですが、これが自分を表現する唯一の手段であり、生き様としてのお菓子作りを自分の心に恥じぬようにまっとうしたいからです。自分の心が満足できるもの以外はお客に出さない、そんな気持ちでやっています。

 

 

(お菓子屋にとっては毎日が息の抜けないコンクール)

私達お菓子屋にとっては毎日がおいしいお菓子を作り、それを食べてもらい、そしてお客様に評価してもらうコンクールなのです。

そして自分の心に嘘をつかないで、自分の信じる味わいの為にベストを尽くす、ヤセ我慢比べのコンクールでもあるんです。

 

 

(日々のつらい仕事をまっとうしてのみおいしさは可能になる)

でもおいしいお菓子を作るというのは5年や10年ではかないません。

フランスに勉強に行って帰って来ても、人の心を打つおいしい真のフランス菓子は、100%に近いパティスィエができません。今はフランスからの菓子の素材も数多く輸入されていますが、牛乳・生クリーム・バター・卵・粉などの基本的な素材には、フランスと日本の間にはとてつもなく大きな違いがあります。これは素材の味わいだけではなく物理的化学的性質まで異なります。

フランスと同じレシピ・技術で作っても決して同じ味わいは作れません。

でも、この素材の違いを克服するのはとても難しく、私でも、やっと形が少しついてきたかなと思えるまでには初めての渡仏から15年弱が必要でした。

でも、このとてもつらい仕事を100%に近い日本人パティスィエはさけて通っていっぱしのフランス菓子のパティスィエ面をします。これがどこの菓子屋へ行っても菓子がまずい一番の理由です。

テレビや本によく出ている有名シェフ、いっぱいいますけど、本当にうまい菓子を店に出しているところはどれだけありますか。

 

 

(若いうちに味わいを作り上げる訓練をしなければならない)

○この味わいの訓練は、日本の素材で日々真剣に仕事をすることによってのみ可能となります。そしてそれは35才までです。それをすぎるとなかなか鋭い味のセンスは不可能ではないが難しくなります。

○飴細工とかピエスモンテ(何の意味もない馬鹿の一つ覚えの砂糖で作るオブジェ)などは、そればかりやっていれば誰でも2年ほどやれば形がつく。一番気楽で簡単なパティスィエとしての形をつける手段です。

 

 

(日々の仕事に目をそむけ一発あてる)

でも今は私のように考えそれを実行するパティスィエは極めて少なくなりました。

日々の菓子作りの仕事にベストを尽くすことはとてもつらいのです。味わいの高さ・追求は肉体的精神的にもとても難しいのです。

大分前ですが日本人パティスィエがコンテスト、クープ・ドゥ・モンド一位になって以来、日本の菓子業界アルティザンの領域は一気に崩壊に向かいました。

 

マスコミは世界のコンテスト優勝ということで、お菓子作りとはどのようなことなのかは全くわからずに華々しく取り上げます。そして愚かなマスコミだけが唯一の判断基準である日本人は、その全てを信じ込みます。

そして形だけを追い求める利口でない日本人はコンクールで1位を取ったパティスィエの名を借りて簡単に儲けようとして、パティスリーのプロデュースなど、名を借りるために高い金を払います。大立身出世、あっというまにお金持ちパティスィエができあがります。

こういう華々しい面を見るともう誰も、特に若いパティスィエは、日々のおいしいお菓子を作るなんてどうしようもなくみみっちく馬鹿らしく思えて、もう誰もおいしいお菓子を作れるようになろうとは思いません。

あっという間に殆んどのパティスィエが飴細工やピエスモンテだけに夢中になります。

今ほど基本的な味わいの為の技術や考えがおろそかにされたことはありません。

 

(金とゴルフとテレビ出演は技術をストップさせる)

私はお菓子作りが好きでしたから、必ずうまい自分のお菓子を作れるようになりデコレーションなどもきっと上手になるんだと思って頑張りました。1回目のフランスに行く前に東京のお菓子屋でチーフをしていて、一度赤坂にあるキャバレー「帝」へ乳業メーカーの接待で連れて行かれたこともあります。人間ってその気になっちゃうんですね。自分がえらくなったと勘違いしてしまう。でもこういうのにはまってしまうと、自分のお菓子はストップしてしまうと思い、それ以来そういう接待には行ったことはありません。

1度目のフランスへ行ってからは、かなりフランス菓子にのめりこんでいました。一度誘われて少し練習してからゴルフコースへ出たことがありましたが、あんまり面白くて、又、ゴルフにつかると大体仕事はいいかげんになってしまう菓子屋や料理人を見ているので、ゴルフもそれで止めました。

テレビ出演の話も度々ありましたが、やはりテレビに出たとたんに自分を勘違いして仕事をおろそかにする人を何人も見ているので、自分の心とお菓子作りの技がちゃんと形をつくるまで断わり続けました。

お金にも負けないようにと気持ちを引き締めていました。やはりお金を手にすると特に仕事以外で得たあぶく銭の味をしめれば、仕事なんかどうでもよくなります。特に自分は怠け者だから気を付けなければいけないと金は遠ざけました。何社かメーカーの材料を推薦してほしいと依頼が来ましたが、その素材は私には良いとは思えなかったので受けませんでした。勿論リベートがある話です。でも、自分が良いと思った材料は積極的に勝手に推薦しましたが、お金を受け取ったことはありません。当時の私は対外的にもかなり力がついていました。誰も見向きもしなかった「明治の発酵バター」が、私が使い始めるとあっという間に菓子屋の間でトップブランドになりました。

ドゥニ・リュッフェルさんのお菓子料理講習会は2/3の回数が赤字でしたが、後援はどこからも受けないでやってきました。

「暮しの手帖」と同じように。

小田急沿線にあるパティスリーの有名オーナーパティスィエの中には、「自分は店をオープンする時、機械類には1円も使っていない」と、来る人に自慢していた人もいます。何百万の機械ですよ。今だったら千万をこえるでしょう。要するに自分の名を利用してただに持ってこさせた訳です。そしてそういうことができる自分は凄いだろうと自慢する訳です。

400万円もするオーブンをただで納入するから是非使ってみてくれ、などという依頼もありました。勿論断ります。有名シェフにただでいく分のお金が普通のパティスィエのオーブンの値段にのっけられるんです。そんなことはパティスィエとして以前に人間としてできない。

 

 

(色んな誘惑を断ってきたから、誰にも作れない孤高の味わいを作れる自分がある)

道を誤っていれば生来怠け者の私はどうしようもなくまずい菓子を当たり前のように出す厚顔無恥な、正に、みみっちいパティスィエだったでしょう。

今、代官山の店の前の通りには、「ここが日本で一番おいしいフランス菓子のイル・プルー・シュル・ラ・セーヌです」と堂々と看板を出して商売をしています。しかし自信を持ってこう言えるようになるまでは勿論お菓子作りの仕事も頑張りましたが、金、テレビ(名誉欲)、ゴルフと様々な雑音を遮断して自分の心を律して来たからこそ可能だったのです。

(皆さん騙されないで下さい。コンクールで世界一になったからと言って

うまい菓子が作れる訳ではありません)

お菓子屋の店頭には多くの種類のお菓子が並んでいます。

生菓子25種位、クッキー類15種類位、パン類10種類、パウンドケーキ数種類、そして季節によっては氷菓、プティ・ショコラです。

これらを全て一定水準で作り続けることはとても大変なことです。

しかし、イル・プルー・シュル・ラ・セーヌでは福田シェフの下、日本で一番おいしいお菓子を作り続けています。

お菓子屋にとって最も大事な本分、何度も言いますがそれはお菓子のおいしさが全てであり、その為に知力・体力の全てを注ぎ込むことなんです。

でも、砂糖のオブジェ作りを一番にして来た人には、まずおいしいお菓子は作れません。

世界のコンテストで一番になったと言っても、飴細工を中心とした砂糖のオブジェと綺麗さ・見てくれだけの形だけのお菓子です。特にオブジェ作りは、パティスィエの日々の大事な仕事の一部分でも全てでもありません。コンクールで一位と言うとお菓子の味わいも全てが一位と皆さんは思われるでしょうがそうではありません。

これらはお菓子屋の日々の大事な仕事とは全く異なる特殊な領域の仕事なのです。こればっかりにのめりこんでいるパティスィエはまずお菓子の技術的基本を全く知りません。うまい菓子などできる訳はありません。まあこれは多くの人がもう分かっているでしょう。ですからこればかりをやっている人達は、正しくはパティスィエではありません。「砂糖を原料としたオブジェ屋」に過ぎません。

こういう人達にとって、旨い菓子など興味ありません。いや、作りたくても不可能です。要するに何でもいいから「世界一」という肩書きを得てマスコミに取り入れ、これを手段にしてあぶく銭を手にしたいだけなのです。「まれ」という朝ドラ、何度か見ました。ある有名パティスィエがお菓子作りの技術の監修者とのことでしたが、それにしても「まれ」のお菓子の作り方は稚拙ででたらめだらけでした。あんな作り方では、とうていうまい菓子はできません。まあ、ただあきれました。

 

 

(もう一人の大成功の、猿回しのご主人様よりえらくなった猿パティスィエ)

ここではとりあえずパティスィエと書いておくが、こんな猿のような人間が私達のパティスィエ仲間であることはたまらなく恥ずかしい。

初めは日本のフランス菓子業界の月刊誌で彼の技術のあまりの稚拙さを知りました。

パリである日本人のパティスィエが店を出したということは聞いていた。まあ大変だろうけどいいお菓子を作ってくれればなあと思っていました。

パリで店を出したということでしばらくして正しく時のパティスィエでした。日本菓子協会で企画した、このパティスィエのフランス菓子講習会がありました。その内容が詳しくのっていました。

あれ、まーっ。あまりに程度の低い稚拙すぎるお菓子・技術に目を疑いました。ただパリへ店を出したからといって、すぐに飛びつく、協会の中心にいる人たちの定見のなさにただただあきれました。

ちょっと読んだだけで、とにかくまずすぎる菓子だろうと察しがつきました。

「こんなのがパリで作られて、フランス人に売られてんの、全く恥ずかしいよな」というのが一番の思いでした。

まあ、でも、このパティスィエ本人はお菓子造りに手をださず、他のパティスィエにまかせれば何とか売れるものはできるかと思いました。彼が一緒に作れば危ないでしょうけど。

でも、日本人も日本人のパティスィエも本当に馬鹿ですよ。

このパティスィエの名を更に高めた、抹茶のフィナンスィエ、旨い訳がない。奇をてらって自分のお菓子の稚拙さを隠そうとする、この手の人間が思いつく全くチャチなやり方です。

フィナンスィエは高い温度で外側をカリッと焼き上げます。かなり濃い焼き色がつきます。このこげくささとお茶の味わいが合う訳がない。

まあとにかく、目先の評価につられて、旨くもないものを旨いだろうと思ってしまう。自分の目と頭で判断できない。どうしようもない。フィナンスィエってシンプルな配合と作り方ですが、混ぜ方一つで、そのおいしさと味わいが変わってしまう。

前述の機関誌を読めば、旨いフィナスィエを作る力量など少しもないことはあきらかです。

似たようなことがあります。

 

フランスのエシレのバターで作った1400円もするフィナンスィエなんてのを自慢気にもらったことがあるけど、とんでもなくくそまずかった。

ドゥニさんの店ではフィナンスィエに使うこがしバターは安いものを使っていました。

どこのパティスリーでもエシレのバターなんか使いません。エシレのバターはクレーム・オ・ラールなどに使います。

技術が稚拙でアーモンドなどの他の素材を選ぶ目がなくては、エシレのバターを使っても旨いフィナンスィエは作れないのです。作る人間も買う人間も情けない。

協会のお偉いさんはパリ出店のパティスィエの技術の稚拙さを知ってか知らずか、彼にすりより、正に彼を押し上げる風が吹き続けました。

そしてテレビなどマスコミが注目し始めました。

特に彼の面白おかしい猿回し的パフォーマンスは稚拙な番組には向いているのでしょう。ある時テレビをつけたら彼がマカロンをチョコレートでトランペしているのを見て絶句しました。

まあ、マカロンのチョコレートがけなんて聞いたことがないから、彼が最初に考えたのでしょう。凄いといえば凄い、味わいの発展という意味ではなくて、またもや奇をてらった猿回し的パフォーマンスを考える発想の仕方と、それを恥も外聞もなく公衆の面前でやってしまうというのは他の人にはない天才的な能力ですよ。

猿みたいなパティスィエはテレビには便利なんです。とりあえず場を持たせてくれる。

でも菓子屋は総じて利口じゃないから、彼はちゃんとしたパティスィエで卓越した技術を持っていると思い込んでいる憐れな菓子屋のお偉いさんが未だいる。

仙台で氏のフランス菓子技術講習会があったそうだ。講習の最中にやおらシャンパンのボトルを出し、栓を抜き、グラスに注ぎ飲みながら技術の講習を始めたそうだ。

参加者もビックリしたらしいけど、私もビックリした。

日本中が、そして日本のパティスィエが阿保だから、ついに猿回しの猿が勘違いして人間より俺さまの方が偉いんだと思い込んでしまったんだよ。まあ、アルコールなしでは人の前では何もできないケツの穴の小さい人間とも聞いている。

 

 

(パティスリー・ミエを買うことの責任)

私も研修したパリのパティスリー・ミエは、オーナーの意向で売り払われた。それを彼と、全日空が買った。フランスでは街の景観とか歴史的意義を伝える為に、店の外観と名前は変えていけないことになっている。ドゥニさんが仕切っていなくても「パティスリー・ミエ」である。

聞くところによると、フランス人のお客は大きく減り、訳の分からぬ日本人観光客がいる位とのこと。勿論お菓子その他はまずくなっている。昔からのお客さんが「レシピを変えたのか」と聞くと「以前と同じレシピです」と答えるそうだ。

ドゥニ・リュッフェルも言っているように、今は全く洽のパティスィエの集まりと化したルレ・デセールの集まりでは、あちこちで「ミエの昔のルセットゥ持っていないか」と聞き回っているという。

フランス人パティスィエの間では神の如く尊敬されて来た「ミエ」という店を引き継ぐにはそれなりの覚悟がいるはずだ。

自分もパティスィエの端くれだと言いたいのなら日本でアルバイトばっかりやっていないで、フランスで初心者の学校に通って、今一度「いち」から勉強し直して稚拙なお菓子作りを恥ずかしく思い、もう少しはマシなパティスィエにならなければいけない。

重い名を継ぐということは、それを維持する為の大きな責任もあるはずだ。

 

今一度最後に言おう、彼はパティスィエではない。白いコックコートを着た猿が、真実の希薄な時代の流れにのり、自分がこの時代の主役だと思いこみ、あまり利口とは言えない日本人と日本のパティスィエを煙に巻いているだけなのだ。

(業界紙の志の低さ)

 

 

(専門学校にも重い責任の一端がある)

パティスィエの領域はこんな実態のない状態になってしまった。こんな阿保な華やかさに憧れて、多くの、特に女子がパティスィエになろうと、専門学校に行く、しかし卒業して3年もすれば60%がお菓子の世界からいなくなる。(専門学校の責任)

勿論これは業界全体で考えなければいけないことではある。

しかし、多くの製菓等専門学校の責任も大きい。

確かに、料理・製菓専門学校はあちこちに数多くある。

これから若者の数が減少して新規入学者の獲得が困難なのは分かる。

しかし料理・お菓子はうまく作ってこそ存在の意義がある。

おいしいお菓子を教える、これが教育の中心になければならない。そして手仕事はずっと一生の努力が必要で労働時間も長くきつい仕事であることも教えなければならない。

 

 

しかし、華やかな部分だけを強調して早い話が何も分らない若者やその親をだまして、釣り上げようという風潮がとても強い。

つまり、お菓子のデコレーションや砂糖のオブジェ作りだけに力を注ぎこみ、「こんなにお菓子作りは華やかで楽しいんですよ」「私達の学校はこんなにも多くの海外・国内のコンテストで賞をとっていますよ」というアピールである。

そして、技術なんて実はたいしたことないんだがテレビに出ているような、有名シェフを学校に呼んで、巷の人達にアピールする。

普通の人は何の判断の基準なんか持っていないのだから、まあ、これでだまされてしまう。

しかし、入学してみれば、実際のお菓子作りは教授陣も稚拙な技術しかもたない。おいしいお菓子の素晴らしさ、嬉しさも教えられない。食の手作りの仕事の厳しさ、大変さも、まじめな仕事への取組み方も教えられない。

卒業し実際の菓子作りの現場に立つと、「あれこんなはずじゃなかった」ときつい仕事に負け、60%がやめてしまう。

 

私の教室に来る子達の何人かは「学校ではおいしいお菓子など無縁だったし、お菓子ってまずいもんだと思っていた」と真情を吐露します。

確かに菓子屋はきつい、しかし自分の作ったお菓子のおいしさが食べる人を喜ばせ幸せを与えるということを知っていれば、そんなに簡単にやめることはないと思う。

生徒の将来の本当の幸せを考えず、ただ生徒を釣り上げることだけに力を入れる学校ではあってはならないと思う。

○その点で、私が定期的に教えに行っていた仙台の宮城野調理師学園には、学生達に旨いお菓子を作ることの喜びを教えようとしている。見てくれだけではない、こういう学校を選ぶべきだ。

 

 

(全てが崩れ去った手作りの食の領域)

まあこれらの二人のパティスィエは時代の流れに乗って、大きなお金を得たのでしょうから、彼等は大満足でしょう。

しかし、これから同じことをやったからと言って若いパティスィエが、又彼等のように金を得るということで成功するかどうかは分からない。

専門学校は、あさはかで虚飾にまみれた成功を追わせるような教育をやめて、もう一度手作りとは何かを考えましょう。

そして馬鹿の一つ覚えで砂糖のオブジェ作りに専念する疑似パティスィエ諸君、お菓子屋の喜びはそんなところにないよ。

もう一回、額につらい汗を流すことを考えてみよう。

1020年先にはずっとこっちの方が心に残るものがあるよ。

 

 

(私の最後の仕事)

今、私のパティスィエ人生の中で得たもの全てを、私の頭の中を100%移し出そうという本をやっています。

大体200頁の本で5冊位になるでしょう。34年はかかると思います。

今までにない画期的な内容です。

お菓子作りが好きな人が真剣に勉強する為の本です。

この本を見ればフランスに行かなくてもフランス的な味わいが作れる。

1つのお菓子を今まで誰も考えたことのない手法を多角度から分析しています。

 

木べらの混ぜ方だけで、大きな1頁が埋まってしまう。

一つのお菓子を作り上げる為にどれほどの心と体のエネルギーを今69才まで注いできたか分かります。

それを見れば時代の寵児二人のパティスィエ、生徒を心から思っていない学校経営者全てが必ず大きな恥ずかしさを感じるでしょう。

 

 

 

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