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2013年1月

第2章 ワインセラー作りに取り組む 第1話 4度目のワイン輸入の失敗。完全に打ちひしがれる

 フランスで飲むような健全な旨いワインをこの日本でずっと飲み続けるのはやはり不可能なのだと考え始めました。かなりお金を使いましたが、結局何も得るものはありませんでした。本当に落ち込んでしまいました。

 しかしこれで完全に日本についてから、あるいは海上輸送時にコンテナの中でフランスの大陸性気候では存在しない全く異なる微生物、そして特にワインの熟成に好ましくない変質をもたらすものが、瓶内に侵入してワインを腐敗させることは明白になりました。そしてワインを日本国内のどこにおいても腐敗は避けられないこともほぼ確信となりました。

 コルクは水分を本当に少ししか外に通過させません。キャピタンのワインカーブで見た20年前のワインでも、瓶の中のワインは2cmほどしか減っていませんでした。

 しかし空気はかなり激しく通過させます。瓶の中の酵母菌が生きていくためには酸素が必要です。人によっては瓶の中にあるわずかな酵母で生き続けるなんて言う人がいますが、そんなことはありません。絶えず酸素を補給し続けなければ、酵母は死滅してしまいます。

 皆さんは二酸化イオンSO2抗酸化剤無添加のワインを飲んだことはありますか?

 何も加えていないとすぐに腐敗菌が侵入してワインを腐らせてしまいますから、菌が侵入しないように瓶の口のところに蝋引きをして空気を遮断しています。しかし酸素が補給されず、酵母菌は生きていけず死滅して成熟は止まり、まるで気の抜けたブドウジュースです。とても飲む気にはなりません。

 ワインは畑から収穫し、つぶし、そして発酵させます。発酵を担う酵母菌はブドウについているもの、空気中にいるもの、かなり多数の酵母により共同作用が行われ、醗酵します。そしてカーブで2年ほど十分に発酵させ瓶づめにされ、さらに長期間熟成されます。この熟成には瓶の中にいるブドウについていた微生物と、外気にいたもの、これにさらにカーブに棲みついている家付き酵母がコルクと瓶の間から絶えず入り続け、新たに加わります。そのカーブ独特の味わいが作られていきます。

 このように瓶の中の酵母が生き続け、ワインを熟成させるには、私たちの想像以上に多量の酸素が必要であり、瓶の内と外の空気の流通は激しいことが分かります。


>>>続く

第1章ワイン輸入黎明期 第4話:ワインの保管場所を探す

 ワインに最適な保管場所を探し回る

 次は、菌がいないところ、あるいは菌が極めて少ない保管場所を探しました。高い標高にある洞窟のようなところは微生物も少ないのではと思い探しましたが見つかりませんでした。ある時、イルプルー・シュル・ラ・セーヌのお菓子教室の生徒さんに宇都宮の大谷石の切り出し抗にワインを貯蔵している方がおられると言う話を聞き、連れて行って頂き、ワインを試飲させて頂きました。

 そのワインは本当においしかったのです。日本にもこんなところがあるのかととても驚きました。

 その抗を所有されている方の話によれば、大谷石からはある種の化学物質が昇華して空気は殺菌され抗内の空気中には微生物はなく、以前は甘夏ミカンの長期保存に使われたこともあったようです。

 その後、何度かそこにお邪魔してワインをご馳走になりました。

 そこでの保存期間が12年のものは本当においしかったです。しかし保存期間がそれ以上に長いものにはある共通した香りがあることに気づきました。そしてその香りは保存期間が長いほど強くなるのです。特に白ワインは保存期間が長くなると本来の味わいとは全く異なる香り、味わいに変化していくのです。

 私はこれは大谷石から昇華する何らかの物質の匂いであることを察知しました。しかしこの抗内に入れてから3年目くらいまでに出荷してしまえば、おいしい状態で飲むことが出来ると考えました。

 そして切り出し抗を所有されている方に私のワインも是非そこに保存させてほしいとお願いしました。

 しかしその抗はもう既にワインで一杯で、それは無理であると言われました。抗の入口から50mほど下がったところに10坪ほどの場所があり、そこに仕切りをしてワインを置かせてもらうことになりました。

 しかしそこから45mほどの通路の向かい側にハムの熟成工場がありました。

 とても悪い予感はしたのですが、でもそこしかないと思い、4回目に輸入したワインをここに保存することにしました。

 

 4回目のワインが届く

 今回のワインは到着時、船による長旅によると思われますが、味わいが鈍重にぼけ、かなり不味くとても心配になりました。新しく作られた切り出し抗の中の仕切りの中にスチールの棚を持ち込み、ワインを置いて休ませました。

 今回はこの保存場所に届くまでに少しでも菌が侵入しないようにということで、ワインの入ったダンボールそのものをラップで2重に包んでからブルゴーニュの蔵元から出荷してもらいました。しかしこれでは当然ですが殆ど効果はなかったと思われます。

 

 3ヵ月後試飲

 東京からテーブル、ワイングラスを運び、そのカーブの中で到着から3ヵ月後のワインを試飲しました。

 ワインの入ったダンボール箱の上には、ハムのカビの匂いのする、綿のようなカビが少し積もっていました。何かとても悪い予感がしました。

 とにかく恐る恐る、ワインを箱から取り出し、栓を開け、グラスを傾けて静かに注ぎました。薄暗い小さな裸電球の光の中で、私の大好きなブルゴーニュの赤は、ゆったりとした深い朱色を見せていました。

 香りをかぎます。んー、確かにブルゴーニュの馬草の香りが豊かに息を包みます。

「んー、いいぞ」

 そして静かに口に注ぎこみます。

「んー、いいぞいいぞ」

 腐敗臭や気になる匂いはありませんでした。口に滑らかなノーブルな味わいが広がります。旨い。そう思いました。

 気になることは1つ、味わいの表面に甘味が出ていました。フランスで飲む良い状態の赤ワインは常に酸味が全体の味わいを束ねています。しかし日本にも長期間ゆられてくると、全体を甘味が緩やかに包みます。

 しかし微生物の影響をあまり受けていない場合は、さらに3ヵ月~6ヶ月頃になるとこの甘味が酸味に変わり、味わいがしまり、芯が出てくることもあります。悪い方向に行こうとしている時は、さらに少し甘味が強くなることもあります。これは半々くらいの確率でしたが、輸送、保存など様々な条件が悪い時ほど、甘味が強くなるようです。

 しかし今回は到着後、78ヵ月ほどまでは味を損ねる甘味とはなりませんでした。これまではいずれも45ヶ月、一定期間の後には明らかな腐敗による味の劣化がありました。

 そしてぼけた甘味がさらに強くなることが劣化の前触れでした。

 

 すぐにワインを売り出すが、数ヵ月後に大きく味が変化し始める

 そして10ヶ月もするとワインの入ったダンボール箱を包んだラップの上に、明らかにハムの匂いがする綿のようなカビが少し積もり始めました。そしてコルクが腐り始め、栓抜きを差し込むとボロボロともろく崩れるようになりました。

 当然ですが、ワインも寺田倉庫の場合とは異なるハムのカビの匂いの混じった香り、味わいでした。もう売り物に派なりません。関西のバッタ屋に全くただ同然のたたき売りしかありません。今回は明らかにハム熟成所からのカビがワインに侵入したことによる腐敗でした。


>>>続く

第1章ワイン輸入黎明期 第3話:3回目のワインが到着

 今年こそは大丈夫だという大きな希望の下に3回目のワインが到着しました。

 早速、いつものように一通り試飲しました。コルトン・シャルルマーニュを除いてはっきりした異常は感じられませんでした。

 コルトン・シャルルマーニュは栓抜きを差し込むと、コルクがポロポロと崩れ、既に気の抜けたような、間の抜けた甘い味わいでした。悪い予感がしました。2ヵ月、3ヵ月経っても味わいは落ち着かず、ずっと同じような味わいが続き、とても飲んでもらうような状態ではありませんでした。

 コルトン・シャルルマーニュは味わいを繊細にするためにワインを樽に詰める時に牛乳、卵白を同時に樽内に入れ、それらにある種の成分を吸着させ、澄んだ味わいを作るのです。勿論牛乳の中には雑菌がいる訳ですから、それがリファーコンテナとはいえ、何らかの原因で輸送途中に異常に繁殖してワインの味わいを損ねたのではないかと考えました。私が飲んだ瓶が、本来のものとは違っていました。

 3ヵ月、4ヶ月とワインの味わいは少しずつ落ちついてきました。

 しかし予想に反して2回目の輸入時よりもっと早く、12月に飲んだ時には明らかに甘味が表面に出た鈍重かつ不快な味わいが出てきました。私は全く驚いてしまいました。そして翌年の1月、2月、3月とワインは正にどぶ水とも言えるほどに完全に腐敗変質し、キャピタン・ガニュロの優しい、流れるような深い味わいと長い余韻のイメージとは全く異なるものとなっていました。もう売れません。廃棄するしかありません。

 寺田倉庫の所長さんに店まで来てもらい、その旨を告げることにしました。

 私としては腐ったワインの賠償については少しも考えていませんでしたが、とにかく真実は伝えておかなければいけないと考えました。

 しかし彼は賠償を恐れ、寺田としては日本ではこれ以上考えられない最高の条件でワインを保存しており、こちらには責任はないとのっけに言われました。私は賠償の話のために来てもらったのではなく、事実を事実として伝えたいだけだと考えを述べました。

 確かに日本のソムリエは輸入ワインに関しては誰も正しい知識を持ち合わせておらず、腐ってレンガ色に変わっていくことをより良い状態への熟成としているのですから、日本のワインの常識の下では彼の言うことは間違いではないのです。

 それにしても、この寺田倉庫のワインの変質ぶりは突出していました。

 まさにどぶ水の味わいでした。このキャピタン・ガニュロのワインは、二酸化硫黄でさえも少なく、女性的な味わいでしたから、他のワイン以上に腐敗が進んだのでしょう。日本の高温多湿な気候に生息する微生物、腐敗菌は気温の低い冬季はじっと息をひそめていても、少しでも気温が上がればすぐに活発に動き出してワインを腐らせたということなのでしょう。冬季に庫内を暖めることによって微生物の活動はずっと活発で、他の倉庫より早くワインが著しく腐敗したのです。

 結局3度目の輸入も惨憺たるものになってしまいました。

もうここまで来ると、日本に到着後、あるいは輸送の段階で侵入した微生物による異常醗酵によってワインが変質するということはほぼ確定となっていました。

 

>>>続く

第1章ワイン輸入黎明期 第2話:2回目のワイン輸入

 

 その年も同じくらいの数のワインを輸入しました。そしてワイン専門の倉庫がある横浜の倉庫に保管しました。

 しかし今回は到着時の味わいは明らかに前回(1回目)とは異なっていました。その違いは長時間ゆられていたためのものではなく、私の感覚としては、今考えれば微生物の混入による味わいの変化に思えました。当時はこの変化の原因を識別する能力はありませんでしたが、今考えれば次のような原因によるものかと考えられます。

 

1)もちろんリファーコンテナなのですが、混載便のためコンテナの中で瓶の中に微生物が侵入してコンテナ内で既に変化が始まった

わずか1400本ですので、コンテナは12回とも混載のものです。1回目のものがワインだけのコンテナであり、2回目が他の品物との混載であれば、コンテナの中で微生物が侵入して日本到着時には既に変化が始まっていた。この当時微生物の影響など全く知識がなく、なるがままに、という状態でした。


2)ワインに過剰に揺れが生じて傷んだ

コンテナが船のどの位置に置かれたかによって、ワインのゆられ方が違ってきます。船倉の上部や後部に積まれれば、揺れはより大きくなり、ワインの成分のエマルジョンがより著しく乱され、味わいはより著しく変化します。

 

2ヵ月後、味わいはかなり回復

 2ヵ月ほどするとワインの味わいはそれなりに美味しい方向に変化してきました。しかし1回目の輸入時の澄んだ味わいではなく、少し鈍重さのある味わいでした。さらに5~6ヵ月後には味わいは回復してきましたが、前年の味わいとは異なる、少しひねた味わいは消えることはありませんでした。

 

年明け2月にまた味が大きく劣化

 そして年が明け、2月を過ぎるとまた急速に味わいは酢の匂いを伴った鈍重な香り、味わいとなり、舌も口も不快な刺激を感じるようになってきました。どうにも分かりません。全くないに等しい知識では、どう対処してよいか検討などつくはずもありません。途方にくれました。

 ある方から2月の低温になるとコルクが収縮して雑菌が入り、変質すると聞きました。

 日本の倉庫では春夏秋などの気温の高い時期には庫内温度を13℃ほどまで冷やして下げることはあっても、それ以下の、寒い時期に庫内を温めて年間を通して13℃に保つ倉庫はほとんどないと言うことを聞きました。そのため庫内の温度が5℃ほどの低温になると、次第に空気中の温度も低くなり、コルクが収縮してきてコルクと瓶の間から腐敗菌が侵入してきてワインを変質させるということでした。

 その時はそういうことかと100%信じましたが、現在はそればかりではないと考えています。

 日本到着時にすぐに瓶の中に腐敗菌が侵入し、少しずつ腐敗変質が進んでいき、13℃ほどであった平均温度が秋冬の訪れと同時に気温が低下していき、酵母菌の生息条件が異なり、更に変質が加速して、ちょうど翌年2月頃に私の舌にもはっきりと分かるほどに変質してきたのではないかと考えています。

 

冬季は暖房し、一年中10℃に保つ寺田倉庫を見つける

 ともかく冬の間も暖房によって年間を一定温度にしている倉庫を探しました。暫くして寺田倉庫がそうしていることを聞き、実際に天王洲アイルにある倉庫に下見に行き、間違いなく低気温の間は庫内を13℃に温めると言うことを聞き、これで大丈夫だと思いました。


>>>続く

第1章ワイン輸入黎明期 第1話:初めてのワイン輸入

 私はフランス菓子作りを一生の仕事としているパティスィエです。

 30代に2度ほど、パリの「ジャン・ミエ」で研修をしました。しかしこの頃は未だ、ワインの素晴らしさにはほとんど気づいていませんでした。

 1986年、39歳でフランス菓子店を開店後、数年してからようやく余裕が出来始め、年に1,2度はお菓子の勉強の為に渡仏するようになりました。この頃から私なりにワインの素晴らしさを本当に少しずつですが理解し始めました。

 そして40代後半からはかなりのめり込んだ状態でした。

 でも残念なことにフランスで飲むワインはあれほど旨いのに、日本で買って飲むフランスワインはとてもまずいのです。私も最初これは日本に輸入されてくるワインには酸化しないようにより多量の抗酸化剤が加えられているからだと考えました。そして次第に、どうしてもこのフランスで飲むあのおいしさを日本でも味わいたいという思いが強くなり、「よし、自分で抗酸化剤の少ない旨いワインを輸入しよう」と考えたのです。

 当時、既にフランス、スペインで自分の足と舌で探し当てた菓子作りの素材の輸入は何とか形になり始めた頃でした。

 ブルゴーニュのアルスナンのフランボワーズ、カシスなどの秀逸なリキュールを作り、供給しているジョアネさんは、ワインの審査委員もしており、ブルゴーニュのワインに広く精通していると聞きました。

 ジョアネさんに「抗酸化剤の極めて少ないワイン」を紹介してほしいと頼み、フランスへ行きました。

 この時紹介してもらったのが、これまでもたまにワインをもらっていたキャピタン・ガニュロとギィ・ボカールというドメンヌでした。

 その頃の私は、ワインの知識など全くなく、ただ旨いワインが日本で飲みたいという一心で行ったのですが、今考えればあまりにも向こう水でした。

 

 ともあれ、1回目、1200本ほど2つのドメンヌからワインをとりました。

 ドメンヌからル・アーブルの港までも、もちろん冷蔵コンテナで運び、日本までの船もリファ一定温輸送です。

 この1回目の輸入は偶然の積み重ねだったのでしょうが、とてもよい状態で日本に着きました。ワインを寝かせる間もなく飲み始めました。未だ日本に着いたばかりでは味わいもかなり変化していたはずですが、とにかく何を飲んでも旨く感じてしまいました。未だワインの味わいそのものも殆ど理解してしなかったということもあったと思いますが、味わいは長期の輸送によって変化していたにせよ、日本で飲むワインのように腐敗した状態ではありませんから、日本に着いたばかりでもそれなりに旨く感じたのでしょう。

 その時は保管の知識など全くありませんでした。とりあえず10℃ほどに冷えたところであればよいだろうと考えていました。ワインだけでなく他のものも一緒に置かれている一応冷房のある倉庫で保管しました。

 日本に着いてから時間の経過と共に、少しずつさらに味わいは深くなったように思います。

 売り始める前に自分が売るワインは全ての特徴を知りつくさなければならないと思い、狂ったように毎夜の試飲が続きました。旨いワインを手にした興奮で有頂天になっていました。そして売り初めまで400本を試飲してしまいました。多くの人が只々あきれていました。

 売り出し始めても士族の商法とやらで、それほど売れません。そうこうしているうちに翌年2月頃になるとワインが少しずつ良くない状態に変化し始めました。飲むすべての瓶に酢の匂いが出始め、味は口の中でムワッと広がる不快な酸味と共に濁り鈍重な不快な味わいになってきました。

 次第にそれは強くなり、3月、4月頃には、はっきりと品質の変化が分かるようになりました。もう以前の味わいではありません。何故急にワインが変化し始めたのか、原因は分かりません。多分、預けている倉庫がワイン専門のところではないので、保管場所に問題があるのだろうと考えました。


>>>続く

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