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2012年5月

皆さんは本当においしいグラスやソルベを食べたことがありますか?

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遅い春でしたが桜が咲いてからはあっという間に日差しが強くなってきました。

もう冷たいものが欲しくなってきましたね。

そう、グラス(アイスクリーム)とソルベ(シャーベット)の季節です。

皆さんは本当においしいグラスやソルベを食べたことがありますか? 多分「食べたことがある」と答えられる人は結構おられるでしょう。でもイル・プルー・シュル・ラ・セーヌのグラスとソルベは、必ず皆さんが最高と思っているもののずっと上をいきますよ。

既にイル・プルー・シュル・ラ・セーヌには、とびきりのものがあります。今度マカロンの生地にサンドして、どこでも歩きながらでも食べやすいものを作りました。マカロンといっても、今流行の表面のツルンとしたマカロン・リスではありません。マカロンの原型の生地に手を加え、本当に香ばしい軽い歯ざわりの生地を作り上げ、その香ばしい豊かな味わいとグラス・ソルベが共鳴してさらにおいしさが大きく膨らむように作り上げました。もちろん私の感性でしか作り得ない、格別のおいしさのマカロンです。

まぁ、あちこちのレストランやパティスリーでグラスやソルベをやっていますが、どれもこれも、味わいのぼけた印象の乏しいものばかりです。グラスは材料の卵黄と生クリームなどの乳脂肪と砂糖の比率が舌ざわり、口溶けを左右します。香りはふっくらと、そして透明感をもった舌ざわり、口溶けも滑らかでシャープに、同時にバランスよくふっくらとしていなければなりません。

舌全部に味わいがしっかりと感じられ、切れ目のないように仕上げます。何よりもこのグラス、ソルベはデザートでもおいしく、そしておやつにもおいしく食べられるように甘味も強すぎることなく弱すぎることなくバランスを取ります。デザートとしては少し甘味がしっかりしている方がよりおいしく感じられます。暑い時のおやつとしては、甘味が強いと喉が渇きます。こんな全ての感覚を調整して一つの味わいを作り上げるなんてことは、もちろん私以外には出来ません。私でも12回では出来ません。私の感覚が満足するまで、1種類につき、56回は試作しました。もちろん、私自身が本当においしく感じるものしか店には並びません。

このようにグラスには使う素材の品質と共に、それを使って配合を組み立てる感覚が必要です。ソルベはより単純です。香り、味わいの本当にしっかりした果汁を選ぶ。ほぼこれにつきます。

私がフランス・パリのパティスリー・ミエで1回目の研修の時、ミエ店のグラスとソルベの旨さはまさしく衝撃的でした。それまで全く経験したことのない、未知の味わいでした。ソルベティエール(アイスクリームメーカー)は店の後ろにありました。グラス、ソルベを受け持った時は、店からしょっちゅうマダムがやってくるにもかかわらず、そのおいしさに我慢できず、何食わぬ顔をしながら、ガバガバという言葉が少しも誇張でないほどに、狂ったように口に詰め込みました。

「ンメーな、なんでこんなにンメーんだ」

まさに新鮮な、嬉しくなる驚きでした。そしていつか店を出したら、必ずこんな“ンメー”グラス、ソルベを作るんだと思いました。そんなわけでグラス、ソルベには強い思い入れがあります。

グラスとソルベは出来時が一番おいしく、そして贅沢なんです。店の喫茶では、お客様に注文を頂いてからグラス、ソルベを冷たい陶器の器で少し白っぽくなるまでよく練り、出来たての味わいに近づけてからお出ししています。今度のアイスマカロンは冷凍庫から出して混ぜないまま食べる普通のグラス、ソルベです。この場合はそれぞれの素材の味わいが表面に出にくい。まぁ、結構てこずりました。あとは食べる時のグラスの温度でかなり味が変わることも知ってください。カチカチのグラスはあまり旨くない。少し柔らかいぐらいがおいしい。

1週間に1種類ずつ1個の2分の1ですが、店で試食を配ります。その場でちょっと口に入れて試してください。まず最初はバニラ味のグラスです。

 

自分が作るグラス、ソルベを口にすればもう、他のものは食べる気になりません。とりあえずグラスはバニラ、キャラメル、ショコラ、ソルベはフランボワーズ、カシス、レモンの計6種類を完成させます。

5月23日(水)より販売開始

宮城調理師学園に一度来てみてください

 この学校には食の領域でのパティスィエとしての人生にとって大事なものを与えてくれます。少しでも良い授業をと先生たちも頑張っています。そして他の学校にはない、おいしいフランス菓子のための技術とレシピがあります。そして他の学校では味わえないおいしさと、お菓子を学び作り、食べます。

 一度実習室を見てください。楽しく、明るく、好奇心に満ちたたくさんの顔があります。

宮城調理製菓専門学校HP

 

今、全国にはかなりの数の製菓・料理のプロフェッショナルを目指す若者たちの専門学校があります。これからは若い世代の著しい減少により、新入学生の獲得競争はさらに激しくなっています。この激化する競争の中で、私の眼には本来の食の領域としての職業教育が大きくゆがめられてきているように思えます。

 

(本来の正しい目標のための職業教育)

 

○菓子作り、料理作りの喜びを教える

それぞれの領域の職業教育は、それぞれの領域でやがて実際にプロフェッショナルとして働くための基本的心構え、基礎的知識、そして技術が教えられ、訓練されるべきです。そしてこれはどこの学校でも理念として掲げています。

 私もフランス菓子を作るパティスィエとして、実際の仕事場としての私のパティスリーに入ってくる前に、これだけは是非しっかり学校で教えてほしいことがいくつかあります。

 まず最も大事なことは、本当においしいお菓子や料理を食べた時の、心と身体にいっぱいに沸き上がる嬉しさと幸せな気持ちです。この感動なくしては、一生の仕事として菓子作りや料理作りをやりがいのあるものとして、意欲を持って続けていくことは出来ません。

 そして自分が作った本当においしいお菓子を、他の人が食べた時の喜びの表情です。これによって得られる確かな誇りが、パティスィエとして、キュイズィニエとしての人生を力強く歩んでいく力を与えてくれるのです。人に喜びと幸せを与えるために、自分の仕事はあるんだと知った時、食の領域にある者は一番大きな人生の力を得られるのです。

 

○パティスィエ、キュイズィニエとしての芯の喜びを与えるためには

 それぞれの専門学校が「食」の本質と使命を認識しなければなりません。食べ物はその中に含まれる成分がやがて形を変え、人の細胞、組織、器官を作り上げ、そしてそれを健全に動かし、人の心までをも形成する人間の営みの本質的な部分を担うものであることをしっかり認識しなければなりません。人の心と身体を幸せにも健康にも不幸せにもし、さらには疾病をもたらすものであることをもう一度知らなければなりません。そして、その認識の上に心と身体に健康をもたらす食をそれぞれに模索しなければなりません。そして真の健康をもたらすお菓子や料理こそが、真のおいしさを持っていることを自ら知り、生徒達に教えなければなりません。これは食の領域にある者は全て、特に若者たちを教育する立場にある人たちが決して忘れてはならない最も基本的な視点なのです。しかしこのことが今の食の専門学校に致命的に欠けているのです。

 

○理念より経営が全てに優先される

 これは至極当然なことです。経営的に成り立たなくては、学校を維持することも生徒達に勉強のためのよい環境を整えることも出来ません。経営を成り立たせるためには、毎年安定した一定数の新入生がなければなりません。ましてやこれからは若者の数が減少していくのですから新しい生徒獲得のために競争は一段と激しくなり、様々の手を考え出さなければすぐにでも淘汰されてしまいます。

 しかし理念や生徒の幸せなどは二の次で、学校経営のすべてが正に生徒を獲得するためのなりふり構わぬ手段を考え実行する、この一点にあるようになっているのです。

 つまり学校の教育内容、教員の質、そんなものはどうでもよく、学校がどれだけ素晴らしいか、この学校に入ればもう皆さんは立派なパティスィエやキュイズィニエになれ、社会に出ても輝く未来が待っているという表面的なイメージを作り上げることに全力を注ぎ、それ以外には少しも力を注がれません。

 

○有名料理人やパティスィエの名前で学校を飾る

 最も多く見られるのはテレビなどで名の売れている有名パティスィエやキュイズィニエを年に一度だけ、出来るだけ数多く来てもらい、形だけのデモンストレーションをさせ、彼らの名前で学校を飾り、「これだけ有名な先生たちが来る学校なんだから、そこの授業内容もすべてが素晴らしいに違いない」と一般の人に思い込ませるのです。また、ある関西の専門学校では謝礼だけを渡して学校案内のパンフレットに有名人の写真を数多く載せ、実際の授業は一度もないというところもあります。これらのパティスィエやキュイズィニエの中には相当の見識と技術を持っている人もいるかもしれませんが、それらの方が授業内容に影響を与えることはありません。学校の表面的な見栄えだけは有名人の名前や顔で派手にはなりますが、学校が日頃生徒に対して与える授業は少しも変わることなく、それこそ形だけの稚拙な授業が続けられます。

 

○デコレーションで賞を取る

 次に考えられることは、お菓子のデコレーションに最大限の授業時間をあて、マジパン細工で花や人形を作ることや、飴細工などを駆使した大きなオブジェを作ることに最大限の力を注ぎ、様々のコンテストで賞を取り、その学校の名を広めることです。しかしその日々の実際のお菓子・料理作りの技術などは旧態依然でほったらかしておいてです。でもこのデコレーションの技術はほとんどの生徒にとっては将来のための利益にはほとんどならない無用の長物なのです。

 学校に入学してくる若者たちの中には、将来は独立して自分の店を持つことを夢とする子が多くいます。しかしこんな時、砂糖でオブジェを作るという特化された卓越した技術などは全く意味を持たないのです。コンクール用のデコレーションは日々のお菓子作りとは繋がりのない分野なのです。

 

○日々のお菓子作りには全く関係のないコンクールの技術

 かつてある日本人パティスィエがフランスで行われた技術コンクールで世界一になったことが大きな注目を浴びました。この世界一という言葉が先行し、このパティスィエがお菓子作りの全てにおいて世界一のセンスと技術を持ち、世界一の素晴らしくおいしいお菓子を作るかのような虚像を作り上げました。

 確かにいくつかのコンクールでは、お菓子の味わいも評価されますがそれはとても小さな部分で、ピエス・モンテと呼ばれる飴細工などの大きなオブジェのコンクールなのです。これは日々のお菓子作りの仕事とは殆ど関係のない特殊な技能なのです。このピエス・モンテに秀でているからと言っておいしいお菓子が作れるわけではありません。むしろ多くの場合、ピエス・モンテに重きを置いているパティスィエは、お世辞にもおいしいと言えないお菓子を作ります。味わいについての考え、技術は持っていません。菓子屋にとって一番大事なことは、日々一生懸命おいしいお菓子を作り、お客様に喜んでもらうことなのです。

 さすがに世界一の賞獲得と言うことで長く大きな注目を浴び、これ以後コンクールで賞を取ったり、ピエス・モンテなどに秀でることが菓子作りの最も大事な部分であるという雰囲気がこの業界に満ちてきたことは事実です。しかしデコレーションやピエス・モンテは、そのパティスィエのお菓子作りの技量を表すものではありません。

 

○私の生涯の友、ドゥニ・リュッフェルにとっては毎日がコンクール

 私がフランスのかつての正統な伝統の中で育った最後の巨人と考える、私が研修したフランス・パリのパティスリー・ミエのオーナーシェフ、ドゥニ・リュッフェルはよくこう言います。

 彼の師であり、やはりフランスのガストロノミー界に長くその名を残したジャン・ミエ氏は彼にコンクールに出るなと常々言っていたそうです。そして「パティスィエやキュイズィニエにとって日々が大事なコンクールであり、私たちの役目は自分の作ったものを食べてくれる人のために技術を磨き、時間、エネルギーを可能な限り注ぎこんで、旨い料理とお菓子を作り、出来るだけ大きな喜びを感じてもらうことだ」と言い続けたと言います。

 

○巷の希望者にはその学校の正しい評価は分からない

 でも普通の家庭では子どもがパティスィエになりたいと思っても、どんな学校が本当においしいお菓子や料理を教えてくれるか、あるいは将来有効な心構えや技術を教えてくれるかなど、分かる訳がありません。テレビでの評判や、雑誌での評価などで専門学校を決めざるをえません。つまり理念や授業内容などはどうでもよく、派手に有名人を呼んだりデコレーションで賞を取るなどに力を注いでいるところに行ってしまうのです。多くの場合、このような表面的な派手さは入学してくる若者たちにこの人生に有益なものを与えることを保証するものではありません。

 しかし新しい生徒を獲得するために派手なことを絶対にしてはならないということは言いません。大事なことはデコレーションの技術だけでなく、おいしいお菓子を作るためのしっかりした技術も確立して生徒を受け入れてほしいと思うのです。それは教育の場として当たり前の、最低限度の責任であると思うのです。

 

○生徒達に食の大事さと興味を引き起こす授業をしなくてはならない

 これはしょうがないことなのですが、製菓や料理の学校がお菓子や料理への強い思いを持った子たちだけが来るのではないのです。大学受験に失敗したからとか、高校だけでは格好がつかないから専門学校にでもやろうか、行ってみようかと言う、とても食に低い意識しかない子どもたちが少なくないのです。

 しかし学校がとにかく入学させればあとはいいと考えるのであれば、このような子どもたちは全く無為の1~2年間を過ごしてしまうのです。学校に入ってくる動機は何でもいい。とにかく入ってきたら子全部にお菓子や料理作りの素晴らしさを教えるような授業にしなければならないと思います。その基本はやはり誰が食べてもおいしいと感じられるお菓子や料理を作ることなのです。

 しかし現実はそうではありません。それまでそれぞれの学校がやってきた旧態依然の、まったく停滞した味わいのお菓子や料理が教えられています。私の店にもいくつかの製菓学校を卒業した若者が来ますが、その中に、専門学校に在学中はお菓子というものは少しもおいしいものではないと思っていたと少なくない若者が言います。これはこの子たちにとって大きな不幸です。自分が作るお菓子や料理を旨いと感じられないのでは、仕事に自分なりの喜びを見つけることも出来ないし、これからの長い人生の中で仕事の中でぶつかる困難にも勇気を持って向かっていくことは出来ません。製菓や料理の専門学校は、製菓衛生士とかのちゃちな資格だけを得るためだけのものであってはなりません。確かにこれまでやってきた授業内容を大きく変えることはとても困難でしょう。その学校が全ての面で変わらなければならないからです。しかし若者たちのために変わらなければならないのです。

 

○私が月に2日、お菓子を教えに行っている宮城調理師学園

 私がこの宮城調理師学園にフランス菓子の指導に伺うようになったのは6年前からです。初めの頃は学校の方でも私がどのような考えと技術でフランス菓子を作るかということは全体的には把握されておらず、不安な面もあったと思います。しかし1年2年と続けていく中で学校としても将来に渡って私のフランス菓子に対する考え方、技術を学校に根付かせたいという考えを頂きました。私もこれは心底うれしい申し出でした。私がパティスィエ人生の中で築いてきたものを、これからパティスィエになろうとする若者たちの初期の技術、精神形成の時期に、その糧としていきたいと言って頂けたのです。教室の多くの実習時間を私のオリジナルレシピによるお菓子に当てられ、全面的に弓田イズムを取り入れようとされています。そこにはただ単に新しい生徒を集めるために人寄せパンダとして私を呼ばれたのではなく、生徒たちに「食の大事さ」と共にフランス菓子の本質的なおいしさ、素晴らしさを伝えたいという思いにあふれているからです。そしてまた他校に対して誇りを持てる教育校にしたいという強い思いが感じらたからです。

 

○私の授業はパティスィエ人生の根幹を形成するものにしたい

 私は月に一度、デモンストレーション、デモンストレーションのみの授業と、生徒たちの実習による授業があります。私は自分の授業がただ時間を費やすためだけのものではいけないと常に言い聞かせています。授業を通して、食の作り手として、パティスィエとして、基本となる考え方、技術と共に、お菓子に使う素材の物理的科学的特性を出来る限り詳しく説明し、フランス菓子の簡単な歴史、その他の話を交えながら、単に手の動きとかの技術的なことばかりでなく、多くのことを与えてやらなければと考えています。

 やがて卒業して実社会に出ても、可能な限り幅の広い知識やお菓子への興味があれば、一人でも多くの若者がそれを乗り越えていけるようにしたいのです。一生お菓子作りが面白いものであってほしいからです。

 

○校長先生からの「よりアカデミックに」という言葉に私は大きな力を貰いました

 この学校の授業を進めるにあたり、私ももう一度自分の技術、考え方を見直し、あやふやだった点を再確認し、この学校のためのテキストを作りました。これも年々手を加えています。このようなお菓子作りの理念、基本的な考え方、技術、科学的な考え方に裏打ちされたテキストは他のどの日本の製菓専門学校でも見つけることは出来ません。彼らにより正しくイメージにとんだ技術を伝えたいという思いで築き上げてきました。ただ私としてはこんな授業方針を学校ではどのように思っているのか不安な点はありましたが、3年前、校長先生に「よりアカデミックな授業に」という言葉を聞いて、私のこれまでの考えをさらに進めていけばよいと確信が持てました。そして、これ以来、私も生徒への指導をもっと踏み込んでいかなくてはと自分に言い聞かせました。実習の授業では生徒たちの間を足しげく見て回り、まめに声をかけることを心がけています。

 初めはどうも私に対して人見知りしている子も、こちらから声をかけるようにしていると、やがて少しずつ生地の状態をきいてくるようになると、本当に嬉しくなります。私の教え方が未熟だったこともあるのでしょうが、ムラング・イタリエンヌを実際に彼らの目の前で作り、すぐに実習させても、なかなか全員が旨くはいきませんでしたが、二年前からは皆本当によいムラング・イタリエンヌを作るようになりました。「おお、いいムラングだぞ」一言声をかけると、とても嬉しそうな笑顔を見せてくれます。月々の学校の授業を私もとても楽しみにしています。

 

○卒業生の寄せ書き

 去年と今年の卒業生から全員の寄せ書きと、皆での記念写真を送ってもらいました。本当に嬉しいことです。何と言っても一番嬉しいのは「先生のお菓子はとてもおいしく、楽しい授業だった」というものです。私はこう感じてほしいがために、そう感じてもらえることが、私の授業の一番の目的であり義務であると考えていることは既に述べました。そう、これが「食」の分野の、そして製菓の教育の中核なのです。それにしても前に述べたように、ある学校にいる間は、お菓子とはおいしいものではないと考えていた若者たちはあまりに可哀そうです。

 写真を見ていると、もちろんほとんど名前を思い出せませんが、その時その時の表情が思い出されます。この宮城調理師学園の卒業生の寄せ書きは、私の歩んできたパティスィエとしての人生の中でとても大きな大事な宝です。

 

○私と学校の考えを支える卓越したリーダーと先生

 でも私の技術、考えを一つの場所に根付かせることはそれほど簡単なことではありません。それには学校の考えと私の考えを理解し得る優れたリーダーとなる先生、そしてスタッフがいなければ、これは叶いません。ここにはおられるのです。このリーダーとなる先生はこれまでパティスィエとしての相当の経験と技術を持っておられます。自分なりのものを既に持っておられます。でも彼は、私のお菓子の考え方、技術、例えば木べらやホイッパーの混ぜ方一つでも、私のやり方を理解され取り入れられているのです。これも本当に嬉しいことですし、また頭の下がるところです。日頃の先生たちの創意工夫があるからこそ、なかなかうまくできなかったムラング・イタリエンヌができるようになった。お菓子の出来具合が安定してきているのです。

 教える側全体が同じ意識を持ち、よりよい学生たちの授業にしようとしているのです。

 

宮城調理師学園に一度来てみてください

 この学校には食の領域でのパティスィエと人生のとって大事なものを与えてくれます。少しでも良い授業をと先生たちも頑張っています。そして他の学校にはない、おいしいフランス菓子のための技術とレシピがあります。そして他の学校では味わえないおいしさと、お菓子を学び作り、食べます。

 一度実習室を見てください。楽しく、明るく、好奇心に満ちたたくさんの顔があります。


宮城調理製菓専門学校HP

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