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2010年9月

玉名講演での、ルネサンスごはん体験者の声

玉名市で9月19日に開催した食育講演会において、4月の講演の後、ルネサンスごはんを実践し始めた方々かたの、体調改善などの報告を頂きましたので、こちらにも掲載します。

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杖なしで歩けるようになりました

玉名市秋丸 Mさん(男性・84歳)

 私は、7576歳頃に膝の痛みと神経痛の痛みが出て、それ以来、杖を使うようになりました。鍼や灸をしてもよくなることはありませんでした。2年前より自分でごはんを作るようになりました。健康にもよいし、おかず代わりにもなるからと、ごはんにさつまいもや人参、干しぶどう、寒天を入れて炊いていました。健康体操教室にも参加するようになり、昨年の11月―12月頃になりからだの調子がよくなってきました。しかし、杖ははずせませんでした。体操教室に通いだしてからは、ますます健康に対して関心が深まり、良いと思ったことは何でも取り入れるようになりました。それで7月からは、ごはんにイリコ、昆布、アーモンド、オリーブ油も入れるようになりました。このごはんのおいしいこと!

 2-3日で2合炊いて食べています。

このごはんにしてから一ヵ月後から杖なしで歩けるようになりました。足腰が強くなったと感じます。周りからは、「若くなったね」とか言われます。体操もごはんもよかったと思います。今後も積極的になんにでも参加して健康によいことを取り入れていきたいと思います。

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>>>弓田亨より

痛みを伝える神経も、膝の筋肉も、全てタンパク質から作られています。タンパク質が不足すると、神経や膝の細胞が再生できなくなり、衰え、痛みが出てきます。いりこ、昆布、アーモンド、オリーブ油には豊かなタンパク質やビタミン、ミネラルが含まれています。

 

2週間で底力がついてきました

玉名市岱明町 Yさん(女性・70歳)

私は、45年前よりなんとなく全身の筋力が低下してきたように感じていました。年のせいかな、と思っていました。

 弓田先生の講演を聞いてから、すぐにルネサンスご飯と味噌汁を始めました。

この食事にしてから2週間して、久し振りに孫を抱いたときに、重さをあまり感じなかったので、「あれっ!」と思いました。筋力がついたのです。身体の中心がしっかりした感じ、足腰がしっかりした感じが出てきました。

 それから、おかずにも積極的にいりこを中心とした出汁にしていりこを食べるようになって2ヶ月、便秘をしなくなりました。今まで、玄米を食べても便秘で5日か一週間も出なかったのが、毎日出るようになりました。12回出ることもあります。そのせいか、寝つきがよく、夜間も目が覚めなくなりました。

不眠には悩んでいましたので、とてもうれしいです。

 月に12回は、足がつっていましたが、いつの間にかなくなりました。爪が伸びるのも早くなりました。

 今まで朝は食欲もなかったのですが、味噌汁がおいしいので、食べれるようになりました。ご飯は、白米2合、玄米1合にしていりこ、昆布、アーモンド、オリーブオイル、塩とテキストどおりにして炊いていますが、おいしくて、おいしくておわかりして食べることがあります。今年の夏は暑くても夏ばてもせずに暮すことができました。

 大根の味噌汁がおいしくて、おいしくて何回も食べます。娘は金平ゴボウが大好きで、来るたびにリクエストします。

 おかずに出しをいれるので、砂糖はほとんど使わなくなりました。しかし、とってもおいしくできます。今までは、食べても食べても太らなかったのに、最近は1キロくらい太ったけど動きが楽になりました。

自分では手まめに料理していたつもりですが、やはり栄養素が欠落していたのかなあと思います。ルネサンスご飯の一番よいところは、乾物など保存がきく食材を基本に使うので、料理が楽であることです。これから年を重ねて買い物が多少不自由になっても、大丈夫。弓田先生に感謝、感謝です。


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>>>弓田亨より

私 の経験では繊維質をとるだけでなく、豊かな栄養素によって腸壁の細胞が活性化しないと便秘は治りにくいように思います。日本の食材にかけている栄養素を アーモンド、オリーブ油を加えて充実させ、いりこ、昆布などで全身に栄養素が充足され、全身に力が満ちてきます。これらの食材によって、タンパク質が十分 補充されれば、筋肉の疲労は軽減します。また鍛えればすぐに筋肉が作られます。

味噌汁を十分にとれば、味噌の栄養と身体に他の栄養素も消化吸収されやすくなり、効率よく細胞に栄養素が運ばれます。先人の残した食材には細胞のための大事な栄養素が含まれています。


 

イリコパワーに驚いた私  

玉名市岱明町高道 Tさん(女性)

 私は今まで、添加物の入っていない自然な食品を選んで食事を作ってきましたので、食生活には自信がありました。しかし、イリコを中心とした出しを食べるようになったことで、身体の調子がどんどんよくなってきました。ということは、私が作ってきた今までの食事では弓田先生の言われるように栄養が足りなかったということだろうかと最近ショックを受けています。

 今までも、ずっと味噌汁はいりこ20匹で出しを取っていました。しかし、出しを取ったあとのいりこは犬の餌になっていました。そのいりこを今年の3月からは積極的に食べるようにしました。ごはんにはもちろんのこと、煮物にもいりこ、昆布、厚削りの鰹節を入れて食べるようになりました。一日平均10匹から15匹は食べていると思います。

 それで変わったことといいますと

 右手の指を動かしたときにぴりっとした痛みが走っていたのが、ルネサンスご飯と味噌汁を始めて2ヶ月でよくなりました。

 首を動かしたときの、不快感、まるで血液が止まったかのような症状も消えました。

 30代より続いていた、膝の裏のだるさ、不快感、痙攣のような症状も2ヶ月で消えました。

 手の指や、足の指、足の裏側の引きつりも頻繁にあったのがほとんどなくなりました。

 

 私の体験は受診するほどの症状でもありませんでしたが、このままにしていたら、いつか大病になったかもしれないと思うと、恐ろしく思いました。

ルネサンスご飯は、海のミネラルを含むいりこや昆布、カツオ節をごはんと味噌汁に入れる、という簡単で誰でもできるおいしい料理です。

幅広い栄養素を取り入れるルネサンスご飯を一人でも多くの方が実践され、健康で明るい生活を送っていただきたいと願っています。

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>>>弓田亨より

栄 養素が不十分ですと、全身の一つ一つの細胞が活性化せず、筋肉や神経は老化・疲労してきます。この方は特に全身の筋肉の衰えによるものでしょう。今まで捨 てていたいりこには大事な栄養がたくさんまだ残っています。無駄なくイリコのすべてを食べることによって、十分なタンパク質を始めとする栄養素が細胞に補 給されれば、健全な機能をもった細胞が再生され、痛み、ひきつりも改善されます。


 

身体のひきつりにいりこが効いた!

玉名市岱明町 Kさん(62歳)

 私は慢性病を患っています。その薬の副作用のせいで、足やお腹などがつることがありました。知り合いの人が、味噌汁に出しをとったイリコを味噌汁と食べたら筋肉のつりが治った、と聞きました。しかし、私のは薬の副作用だから駄目かも、と思いましたが、2週間くらい1020匹のイリコを味噌汁の中に入れて食べました。すると筋肉がつらないようになりました。そして大食漢だったのに、小食で満足できるようになりました。いり子の外黒豆、小豆、アーモンドを玄米に入れて食べています。ちゃんと栄養素を取れば小食でも満足できるということを弓田先生がおっしゃっていたけど、その通りだと思います。異常気象で世界各地、作物の収穫減が言われています。食糧難がくるかもしれません。小食になれておきましょう。

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>>>弓田亨より

決 まりはありません。イリコを中心として何でも加えるほどにおいしく、栄養素も増してきます。特に豆類は生命を時代に繋ぐ大事な栄養素と共に細胞の活動に幅 広く優れた効果をもたらす、イソフラボンが多く含まれています。特に薬を服用している方は身体の様々の部分が不調になりやすく、通常以上の栄養素が必要な のです。



糖尿病の検査結果が改善!

玉名市滑石 Oさん(女性・72歳)

8年前に糖尿病と診断され、一日3回の血糖降下剤の処方と甘いものを控えるように指導を受けました。しかし、大好きな甘いものを止めても血糖は下がりませんでした。その後、6ヶ月間、桃田の体育館で運動指導に通い、また食事指導も受けました。1500カロリーの指導を受けましたが、農作業をする身には無理があり、少しオーバー気味に食べていました。運動のため週一回桃田に通いましたが、それでも効果がありませんでした。昨年の9月からは不整脈で別の内科受診し、週一回検査と食事指導を受けています。

 しかし、何をしても検査の結果は変わらず、糖尿病の検査のヘモグロビンA1c

の値は、いつも6.5くらいでした。 

 今年の1月には玄米がよいと聞いて、食べ始め、小豆昆布もよいと聞いて食べるようになりましたら体調がよくなりました。

4月からは、玄米に小豆、昆布、いりこ、塩を入れて一日3回食べています。

すると、5-6年間何をしても変わらなかった検査の値が、減ってきました。

ヘモグロビンA1cがなんと8月は5.8でした。これには、主治医もびっくりしています。(このごはんのことは話していませんので)今まで我慢していた甘いものも食べるようになり少し太りましたが、体は軽く、検査も結果もよいので、気持ちが楽になりました。また、今まで農作業で無理をすると休まなければならなかったのが、今では疲れにくくなりました。甘いものもたくさん食べると胸焼けするので、たくさんは食べませんが、食べてはいけないといわれていた頃に比べると、ストレスがなく、精神的に楽になりました。

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>>>弓田亨より

ど うしても薬を長く服用していると、膵臓自体も少しずつダメージを受けてきます。またとにかくカロリーを減らせばよいのではありません。糖質は少し抑えると しても、何でも幅広く食べて幅の広い豊かな栄養素を細胞に送り、活性化させなければ膵臓自体が次第に衰えてきます。イリコを中心とした栄養素が弱っていた 膵臓の機能を回復してきたのです。私も同様の経験があります。例え油であっても、栄養素をもつオリーブ油などは、少しは摂らなければいけません。


子どもの皮膚がすべすべになってきました

玉名市大浜 Mさん(女性・30代)

 私の7歳の子どもは、気管支が弱く、咳が出ると咳き込むような状態でした。また、治療するほどではありませんが、肌もかさかさでアトピー性皮膚炎みたいな肌でした。1年前から5分づき米を食べていましたが、4月に弓田先生のお話を聞いて、いりこ、昆布、アーモンド、オリーブオイル入りのご飯を一日2回、味噌汁を朝一回食べるようにしました。子どもは最初いりこを食べませんでしたが、最近では食べるようになり、自分のお椀にイリコが入ると「当ったあ。」と喜ぶようになりました。そして、この食事に変えてから1ヶ月もしないうちにこどもの肌がしっとりしてきました。咳も時々出ますが、以前ほどひどくなりません。

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>>>弓田亨より

不 足した栄養素で身体中の細胞の働きが悪くなっていたのです。もちろん、ビタミンやミネラルなどの微量栄養素も大切なのですが、肌やのどの器官は全てタンパ ク質から出来ています。イリコ、アーモンド、オリーブ油には幅の広い栄養素が含まれていて肌の細胞が活性化して新しい細胞がどんどん再生されるようになっ たからだと思います。


 

長年のアトピーがいつの間にか・・・

玉名市岱明町 Kさん(看護師・52歳)

 年頃のなった頃から、ストレスがかるとアトピー性皮膚炎の症状が著名にでるようになりました。全身のかゆみ、肌のかさかさに悩み、30代になると金属アレルギーや手のひらの湿疹までが加わり、オシャレのネックレスもイヤリングもできない状態でした。洗剤や水にも負けるため、何気ない生活の中で、人の何倍も気を使い、人知れず悩み努力してきました。

 当時は、アトピー性皮膚炎が悪化すると皮膚科受診をし、抗ヒスタミン剤を飲み、ステロイド剤を塗っていました。

 今年の4月に弓田先生の講演を聞いて、「おいしいご飯と味噌汁」を始めましたが、子どもが「イリコだしは嫌だ。」と言いますので、それからは、いりこ、昆布抜きで、オリーブオイルとアーモンドたっぷりのご飯を食べ始めました。その頃は、顔もガサガサし、口角炎で口紅もつけられない状態でしたが、食べ始めて一ヵ月半たったころ、同僚から肌がきれいになったね、といわれました。口角炎も治り、顔のがさがさが治ってきたのです。あまりの効果の早さに驚きました。このくらいのことでよくなるなんて・・・。

 7月には、食育講演会第3回目の「食べなきゃあ、危険」でミネラルのことを学びました。そこで、お話しのあった天然だしを麦茶やコーヒーにスプーン半分くらいの量を入れて、1日に45回飲んでみました。

すると45日くらいで、赤くて痛々しいほどのガサガサした手のひらが、赤みも薄れ、すべすべの皮膚に変わってきたのです。これを見て、確実に改善してきていると感じました。

 4月の講演で、弓田先生がイリコの大切さを何回も言われていたとおり、アーモンドやオリーブオイルだけでも皮膚の状態は、かなり改善しましたが、5種類の魚からとった出しを使い始めてからが、劇的によくなりました。やはり、いりこの力は大きいのだなあと感心しました。でも、子どもがイリコを嫌うので、天然だしの力も借りたいと思っています。

 天然だしとは いわし、とびうお、昆布、鰹節、カツオエキス、さば節、椎茸のだし

 

 

2年間悩んだ舌のヒリヒリが2週間で改善!

玉名市岱明町高道 Kさん(60歳)

 2年前から煮付けを続けて食べると舌がヒリヒリするようになってきました。

酢や醤油が滲みるので、耳鼻科を受診しましたが異常ないとのことでしたので、放置していました。4月に弓田先生の講演を聞いてから、早速アーモンドやオリーブ油、いりこ、昆布などをご飯に入れたり、味噌汁に入れて食べるようになりましたら、2週間たったころからいつの間にか舌のヒリヒリが良くなっていました。アーモンドが良かったのではないかと感じています。

 

イリコと昆布だけでも舌のひりひりが改善してきています。

玉名市 Nさん(50歳)   

 5年前より、口の中がひりひりしたり、舌の先や頬に口内炎ができるようになりました。耳鼻科を受診して薬を2-3ヶ月飲みましたが効果がなく、血液検査の結果亜鉛が少し足りないといわれました。食事を注意するように言われましたが、亜鉛のサプリを呑んだところ、胃が気持ち悪くなり受け付けなかったので止めました。内科に行きましたら、胃が悪いからだろう、ということで、その後漢方薬を飲んでいます。しかし、痛みは変わらず、歯のせいだろう、ということで、歯科治療を受けたところ、舌の先の痛みは取れましたが、口の中のヒリヒリ感は取れないため、ストレスのせいだろうと諦めていました。

 弓田先生のごはんで、舌のひりひりが治った人の話を聞いて、早速味噌汁にたくさんのイリコと昆布を入れて食べることにしました。大体10匹近く食べますので、おわんにいりこが泳いでいるような状態です。でも、2ヶ月経ったころから、痛みが減り、最初の頃からすると4分の一くらいまで痛みが減ったなあと感じています。忙しいとひりひりするので、ストレスのせいと思っていましたが、食べものの影響が大きいことに驚きました。

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>>>弓田亨より

現 在、日本人の全身の細胞は栄養不足で誰もが喘いでいます。その結果、人によっては様々の不調、疾病が表れますが、根は同じなのです。亜鉛が足りないから舌 がヒリヒリするのではない。どこか一か所に不調があっても、そこだけが悪いのではなく、全身が不調でまず最初に舌に出たということです。常にイリコを中心 とした幅広い栄養素を摂らなければ不調は改善されません。

医者はどこへ行っても、原因が分からないとストレス、ホルモンのバランスが悪い、どうせ素人は分かりゃしないとばかりに遺伝だなどと適当なことを言う場合がとても多いように思えます。


 

花粉症のはずが・・・

玉名市 Kさん(女性・54歳)

22歳のときから花粉症に悩まされていました。涙、鼻水、くしゃみはもちろん、顔のむくみ、食欲不振、睡眠不足、注意力散漫、倦怠感等などの症状がでますので、春は憂鬱で恐ろしい季節でした。知人、友人も「大変だね。○○薬で治る、△△サプリが効く、お試しあれ」と毎年同情と呆れ顔であれやこれやとアドバイスをくれます。今年もそのはずでした。花粉真っ盛りの時期を過ぎた頃、「あなた花粉症はどうもないの?」と不思議そうに問われ、「えっ、そんな時期?」なんと症状がなく、花粉のことなど忘れていたのです。巷では大量の花粉飛散があったらしいのですが、平気だったのです。

 何故症状がでなかったのか?思い当たるものがありました。それは「だし」。弓田先生の著書を読んで以来、いりこ、昆布、厚削りのカツオ節で出汁をとり、味噌汁や煮物に使っていたのです。いりこ5匹、厚削りカツオ2枚、昆布5センチを細切りにして容器へ入れ、水を注ぎ、一晩冷蔵庫へ入れておいたものを朝からの調理に使用。それだけでなんと花粉症にさよならできていたのです。30余年間治らなかったものがわずか2ヶ月足らずの食事で改善されたのですから、驚きと感謝で一杯です。

 講演をお聞きしてからは、お勧めのアーモンドとオリーブオイルを購入して使用しています。今までサラダオイルで調理していたところを、弓田先生のオリーブオイルに変えましたが、他のオリーブオイルのような癖がありませんので、素材の風味を損なうことなく美味しくいただけます。アーモンドは、鶏肉や魚にパン粉のようにしてまぶし、オリーブオイルで焼くと香ばしくて美味です。白米に入れたら家族に不評でしたので、カレーピラフやパイエリアに入れて炊き込んだら、旨み倍増で好評でしたよ。皆さんもお試しください。

 そして更に、花粉症とさよならしただけでなく、もう一つ変化がありました。

ミネラルたっぷりの食事を摂るようになってから、持病の薬服用で口内炎がたびたびできていたのですが、薬を服用しても口内炎ができなくなったのです。持病も影を潜め治ったも同然、これもまた深く感謝です。この4月から、非常勤から常勤の仕事に変わったにも関わらず、疲れることなく、この猛暑もなんのその、元気に家事と仕事を両立しております。

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>>>弓田亨より

花 粉症も遺伝でも何でもありません。栄養素の欠乏した細胞が本来の機能を持てなくなり、不調に陥り、免疫機構が崩れてしまったからです。栄養素を十分に細胞 に送り込めば、細胞は元気になり、本来の機能を持ち始め、幾つもの細胞や器官の免疫機構もやがて回復します。口内炎も全く同じです。

 

男子厨房に入る

玉名市岱明町高道 Mさん

弓田先生の著書、「失われし食と日本人の尊厳」と読んだことで自分の食のあり方を点検する機会となりました。そして、常識の常識が危ないということに気付きました。出しがらは捨てる、ということもそうでした。常識がどうして作られるかといいますと、常識はテレビで作られることが多いのではないかと思います。

 私は味噌汁を飲んで一日が始まるので、味噌も自家製で作っています。(ダイズも)

ただ、以前は出しの素を使っていました。しかし、弓田先生の本に出会ってから、いりこ、こんぶ、鰹節のだしに変えて3ヶ月、小学生の孫たちも喜んで飲んでくれます。

 ごはんは、玄米食が週1回ほど。あとは、3分づきに赤米、ダイズ、昆布を入れるなど工夫して食べています。もちろん米は減農薬、有機米です。最近はアーモンドも入れてみました。

 私の炊き方は、米をざっと洗い、30分ほどザルで乾かしてから同量の水を加えます。5分で沸騰する火力にして、しゃもじで混ぜます。2分ほどすると米粒が見えてくるので火を弱に」して蓋をして12分、火を止めて10分蒸らします。この方法で炊くと炊飯ジャーはお役ごめんになります。

 弓田方式に変えて3ヶ月、玄米食に買えた頃の劇的な変化は見出せませんが、味の変化を鋭く感じるようになりました。特に外食を食べると12日は体がおかしくなります。でも、食が身体を作ることはわかりますが、「食はこころまでつくる」ことには、考えが及びませんでした。

 私は農家をやって35年、猫の目行政に惑わされながらも、流されそうな後1歩のところで、踏みとどまることができました。

それは、農業とは何ぞや、生きるとは何ぞや、と問いかけをしていたお陰かもしれません。食とはなんぞやの問いかけでは、3000年も続く稲作の中に答えがありました。米はどうやって食べられていたのだろうか?玄米食が基本ではなかったかと。

その思いから30年ほど前に玄米食に変えました。そして3ヶ月ほど経つと効果が現れてきました。幼い子どもたちが病気をしなくなったのです。このことは劇的でした。わたし達も疲れなくなりました。そして酒が旨いし、二日酔いしなくなりました。

稲は私たちに教えてくれます。3000年もの長きにわたり命を育んできました。作り続けることで地力が増進します。究極のエコです。きょろきょろしないで身の回りに目を向けていきたいです。食とはなにか、を提示してくれた弓田先生にも感謝申し上げたいと思います。

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>>>弓田亨より

食 は身体だけでなく心を作る。正に素晴らしい言葉だと思います。また玄米が白米よりずっと豊かな栄養素を含んでいることは当然の理です。それを食べ始めるこ とによって、豊かな栄養素が細胞に届けられ、細胞が本来の機能を取り戻す。疲れにくくなり、二日酔いはしなくなる。これも理にかなった、実に当たり前のこ とだと思います。


 

いりこの力?

玉名市岱明町 Aさん(女性・60歳)

我が家は味噌汁が大好きで、毎日最低1回は味噌汁をいただいています。味噌汁を飲む、というより、具沢山の味噌汁を「食べる」という感じです。

 出しは私がいりこの臭みがあまり好きでないので、出しを取ったあとはもったいないなと思いながら捨てていました。いりこも食べたほうがいいとはよく聞く話ではありましたが、その口触りが好きではなく、やっぱり食べずにいました。ほかにも粉末のカツオだしを使ったり、干ししいたけを割ってだしに使っていました。

 先日の講演で、弓田先生のお話を伺って、いりこを我慢して食べることにしました。でも口の中が野菜をいりこがぐちゃぐちゃ、ごわごわして「せっかくの味噌汁がこんなんだったら、おいしくないなあ」と思いながら食べていました。

 後になって、よくよく弓田先生のレシピを見てみますと、私の味噌汁はいりこを23倍も入れ過ぎていたようでした。ですから一杯あたり、食べるいりこも23倍多かったので、そういう結果になったのだと思います。

何も考えずに、一掴みいりこを入れていたのは失敗でした。弓田先生のレシピどおりなら、そんな思いをすることもなかったのに・・・。

 しかし、そういう味噌汁を一ヶ月くらい毎日いただいているうちに、ある日ふと爪を切りながら、「最近、爪が伸びるのがはやいなあ」と感じることがありました。

 今までそんな風に感じたことは一度もなく、初めての経験でした。「今まで何が違うんだろう。」と思ったとき、食べもののせいかな・・・だとしたら、いりこを沢山食べるようになったことかな・・・しか考えられません。

 身体的に特に悪く感じているところはないので、「○○が良くなった」というところはありませんが、爪の伸びが早くなったことは、いりこを食べるようになったことと関係があるのでは、という気がします。とにかく、味噌汁がおいしくて感激です。

 

他に爪が硬くなった、爪が割れなくなった、という報告もありました。

 

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>>>弓田亨より

爪も髪の毛も全て食べ物に含まれるタンパク質によって作られます。いりこには微量栄養素と共に、私達の細胞が必要としている様々のタンパク質も豊富に含まれています。爪を作る細胞が活性化し、細胞の再生が活発になったことを示しています。また爪の細胞が活性化したと言うことは、他の細胞も活性化しているはずですから、特に自覚はなくても身体全体が好調になっていると思います。また私も爪ののびるのが早く、78日おきに切っています。また干しシイタケなども豊かな栄養素を含んでいます。

 

 

もしかしたら ごはんの 特別メニューが ・・   ?

玉名市岱明町開田 Uさん(男性・61歳)

宮沢賢治の誌のひとコマをかりますと 

雨ニモマケズ 風ニモマケズ ・・丈夫ナカラダヲモチ・・

懸命に働き続けて40年 ようやく仕事から解放された俺 年齢もうすぐ61歳 団塊の世代である。もちろん体力、気力 共に 充分自信があった。 

そんな俺が どうしたことか 昨年12月 右肩に違和感を覚えるようになった。 数日後には軽い痛みへと進行していった。 きっと「日常生活で右肩に負担がかかったんだ」 23日もすればこの痛みも治るだろうと考えていた。 ところが どうだ 治るどころか 症状は日増しに悪化していった、右ひじを肩の位置まで上げると「ズキン」とする激しい痛みが容赦なく襲ってきた。つまり 食事中 手を伸ばして 漬物を取る動作 入浴時の衣服の着脱 着替え動作 寝ているときの寝返り 背伸び動作さえも 激しい痛みとの戦いだった。 

「いったい 何なんだ この痛みは  ?  親父を長年苦しめた リウマチかもしれない」 不安は募るばかりだった。 

なんとか しなければ   なんとか しなければ との思いから 連日 肩のマッサージ 柔軟体操 湿布 温泉へ出向いては 電気フロ うたせ湯 ジェットシャワー等 あらゆるものを試みた しかし 肩の痛みは和らぐことはなかった。 「 もう 限界だ  痛みと戦うのは 」 と弱音を吐き 病院での診察を真剣に考える日々がつづいた。

 ちょうど そのころ 妻はミネラルを含んだ食材に興味を持ち始め ミネラルを含んだ食材を手配しては せっせとごはんの中に入れ 我が家の食卓は特別メニューのごはんとなっていった。 妻は 「ミネラルが入ってるよ よく噛んで しっかり味わって」 といいながら 沢山食べるように勧めた。 

食べ初めて1ヶ月後の5月 ふしぎなことに 幾分 肩の痛みが日々和らいでいるのを感じるようになった。 6月には あの激痛もどこへやら 普段の生活へともどっていった。  

「ふしぎだ 信じられない あの激痛が ごはんで 治るなんて」     でも   もう  痛くない。  もしかしたら 妻は俺の肩の激痛も この食材で 治ると信じていたのかもしれない ? おかげさまで 中断していた家庭菜園も復活 計画していた屋根瓦塗装、外壁の塗装も自らの手で 完璧に

仕上げる事ができた。 やっぱりミネラル食材を取り入れた ごはん が 俺の肩の激痛を治してくれたのかもしれない。よし これで 3年後には 孫の旗繋君とキャッチボールだ、横島町の いちごマラソン出場、小岱山登山も 存分にできるぞ・・・・・

 よき妻よ ありがとう。 ミネラル食材の知識を授けてくだった人々に心より感謝いたします。

 不安だった日々よ   “サヨウナラ ”   今日では心身共に安定し     

   Yes We Can Challege である。

 我が家のごはん 特別メニュー

 3合の7分米に雑穀米大さじ2杯、いりこ、オリーブオイル、アーモンド、

昆布等少々

   お互い心身 共に 健康でありますように

 

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>>>弓田亨より

私も50歳 代の後半から、肩の関節が痛みはじめました。これは年齢と共に関節を作る細胞群の再生機能が低下してくるために運動能力の低下と共に痛みも出てきます。普 段の食にタンパク質を始めとする栄養素が欠乏していると、細胞の再生力はより低下し、痛みも増します。しかし十分な栄養素が補給されると再生力は回復して 関節も良い状態になります。常日頃からイリコなどの栄養素を摂り、運動をして関節に刺激を与え続ければ、5060肩は防げます。


ルネサンスごはんを続けられている二児のお母さんからの手紙

ルネサンスごはんを続けられている二児のお母さんからの手紙

 

先日、秋田に住んでおられる、8歳の男の子と3歳の女の子の母親の方から手紙を貰いました。

この方は、身体は、以前からずっと不調でした。

ちょうど男の子が1歳半になってから「ルネサンスごはん」(2003年11月の出版と同時)を始められ、以後ずっと続けてこられました。

最初の男の子を妊娠した時は「ルネサンスごはん」を始める前で、未だ母体は十分に改善はされていなかたっと思われますが、「ルネサンスごはん」によって作られる母乳と「ルネサンスごはん」を食べることによって他の子供達よりは元気に育ったようです。

以後、5年の間のお母さんの体と母胎は「ルネサンスごはん」の栄養素によって完全に本来の機能を取り戻し、二人目の赤ちゃんを本当に元気で丈夫に作り上げたと私は考えます。

以下、手紙の要約です。

 

◆息子(2002年生まれ・8歳)と、娘(2007年生まれ・3歳)に共通していること

・発熱することが年に一度あるかないかで、発熱しても38.5℃以下で12日で治る。

(周りでは39℃や40℃になったり、一週間熱が下がらなかった、と言う話も聞きます)

・頭が大きめ

(いいことだと思うようになりました。夫は「アンバランスさが可愛いけど、それにしても頭でけえな」とよく言います)

・食べ物の好き嫌いがほぼない

(息子はなすなどが嫌いですが、嫌いなものも食べます。子供の頃から食べていれば大人になる頃には好きになるよと励ましています)

・夏バテ、夏瘦せがなく、いつも食用旺盛

・便通がよい

(二人とも1日に2回出ることも良くあります)

・アトピー、喘息が今のところない

(これも同じ友人の指摘です。親である私に花粉や雑草のアレルギーが軽症ながらあり、夫とその姉も子供の頃小児ぜんそくだったにもかかわらず、子供が何ともないのは凄いことだと言われました)

 

◆息子と娘の相違点

・風邪をひく頻度が娘の方が低い(集団生活でないからかもしれませんが)

 娘は薬を飲まずに治る(息子も7歳後半からはほとんど薬なしです)

・新型インフルエンザ、伝染性の腸炎、りんご病に息子がかかり、私にはうつったが、娘にはうつらなかった(息子も私もいずれも軽症で、りんご病の時も発熱せずにすみました)

・息子のアレルギーがあるが、娘には今のところない

 今回、息子がアレルギー検査を受けました。結果は犬に対してのアレルギー6段階のうち4でした。症状としては特定のお宅に伺った時に、首の回りが少し腫れ、30分くらいで治まるというものです。まったく意外でショックだったのが、ハウスダストとダニに対して6段階の6で、アレルギーをもっていたことでした。日頃、これと言った症状がなかったのでとても驚きました。また総Ig Eという数値も基準値が2ケタだそうですが、息子は1800台でした。でも体質的にアレルギーを持っていても、症状に余り出てこないのはルネサンスごはんのお蔭だと思っています。

 

◆娘に特徴的だと思われること

・出生時は約3500g、母乳のみで生後一カ月で4.8kgまで育ちました。その後210カ月まで母乳を飲みました。1歳半頃から母乳をやめたいと思いながらやめられずにいましたが、「失われし食と日本人の尊厳」を読んでからは、2歳過ぎまでやめなくてよかったと分かり、安堵しました。

・生まれた時からあまり首がグラグラしていなかった。

 生後23日目には、左向きに寝ていた頭がいつのまにか右向きになっていて驚きました。首の筋肉が発達していたのだと思います。

 赤ん坊は良く同じ向きで寝て頭の形が一時的に変形しますが、娘はまったくそう言うことはありませんでした。首がすわるのも早かったです。

・歩けるようになったら、長い距離を喜んで歩いた。

・女の子の割に、身体をさわるとフニャフニャしていない。みっちり、密度が濃い感じがします。

17カ月の時、自宅の55㎝の高さの場所からコンクリートの地面に落ちたが無事だった。救急車のお世話になり、寿命が縮む思いをしましたが、骨がしっかりしていたのでしょうか。ルネサンスごはんに守って頂いた気がします。

2歳半ほどで夜から朝までおしっこしなくなった。

 たまに夜中に出る時も教えてくれて助かります。腎臓や膀胱、その他の筋肉や神経の発育が良いのかな、と勝手に思っています。

・もう一点、相違点に入れるべきだったのですが、思い出したことがありましたので書き加えます。

 新生児によく見られる脂漏性湿疹という症状が息子にはありましたが娘にはありませんでした。

大体以上です。

 

 近所の歯医者さんに私の矯正治療のために通っています。同じ年頃のお子さんがいるので、お互いに子供の話をしていたところ、「Rちゃん(娘)は本当に丈夫ですね」と言われました。先生は以前から私の肌をきれいと褒めて下さっていました。

 

 私自身の体調の変化で、一番嬉しいことは年に23回、一度で始めると二ヶ月近く続いていた咳がなくなったことです。今年の5月に一度、咳が出始めましたが、5日ほどで治まりました。疲れにくくなりましたので家事も捗り、家をこざっぱりと綺麗に保てるようになりました。

毎日元気いっぱいとはいきませんが、明らかに生活の質が変わりました。

 

余談ですが、玄米とタイ米入りごはんで作った甘酒はお薦めです。麹とあわせて60℃を保ち、8時間くらい保温します。途中で温度が下がったら、まだ60℃まで温めます。少しキャラメルのような味もします。試しにもち米と麹だけでも作りましたが、味の幅には雲泥の差がありました。思わず「やっぱりな」とつぶやいてしまいました。

 

どぶろくのこと

私の生家は、漆器の会津塗の卸商をやっていました。

暮れにその年の仕事の労をねぎらうための宴会が催されました。漆器は分業制で、板を切り、それを組み立てる職人さんから最後の仕上げの蒔絵師さん達まで、家に呼び、酒食のもてなしをしました。

私は小学校に入る前から酒が好きだと言うことを皆さん知っていたので、私も呼ばれ、じいさんの横にちょこんと座らされ、職人さん達に面白がって小さな猪口に半分くらいついで飲まされました。それがうまく感じられ、嬉しく、数杯以上飲んでいたように思います。私は小学校に入る前からこそっとじいさんと父のために置いてある一升瓶からコップに少しつぎ、時々一人で飲んでいました。

さすがに小学校の23年になると、酒の席には入れてもらえず、たまに親父の酒を少し盗み飲みするくらいでした。そしていつの頃からか、飲まなくなりました。

大学に入ってからは一気に酒飲みになりました。たまにお金がある時は札幌ジャイアントかサントリーレッド、たまには日本酒でした。しかしその頃の日本酒は何となく甘ったるい不自然な飲み口であまり好きではありませんでした。確かに少し余計に飲むと翌日頃、頭が痛くなりました。

大学4年の時、会津の猪苗代湖でボート番のアルバイトをしました。そこの職員の方は、湖の周囲の農家の方々で、毎日交代で当直をされていました。秋になり、稲刈りが終わってしばらくすると、当直の方はそれぞれ自家製のどぶろくを持ってきて、夕食の時に飲まれていました。私もその時初めてどぶろくというものを飲みました。

何度かご馳走になっているうちに、その旨さにやみつきになり、アルバイトを終わってもどぶろく飲みたさによくその事務所に泊まってしまいました。

とにかく楽しく、明るく、豊かに旨い、作る家によって味が大きく異なる。作る人が同じでも作る時期によって味が変化する。少し酸味があったり、苦みがあったり、甘口だったり辛口だったり、いろんな味が豊かに重なり合って、鼻に口にこうじのぽっくりしたふくらみのある新鮮で若々しい香り味わいが溢れる、とにかく旨い、旨い、旨い。

しかし頭の片隅には、いつもどぶろく密造酒を飲むと、毒が含まれていて頭がおかしくなるという意識がありました。最初は本当に恐々飲んでいました。

私の母はずっと以前から、私達子供にそう言って、密造酒は決して飲んではいけないと言い続けてきました。しかし泊まった事務所で度々しこたま飲みましたが、前から悪いからか知りませんが、特に頭が悪くなったとは感じませんでした。

つまり、あの当時は、私の親たちは、戦前の「全てはお上の御意志」という国家の方針の下に学校教育を受けてきましたから、とにかく国の言うことに逆らってはいけないという気持ちが強かったと思います。

「密造酒を飲むと頭がいかれる」ということは、常に上からの徹底した教育の結果であったと思います。

戦前と、戦後かなり経つまで、酒税は主要な税源ですから、密造酒は徹底的に取り締まられました。

ずっと貧しい生活を強いられてきた農家の楽しみと言えば、どぶろくくらいしかなく、新米が取れる頃になると、禁じられているとは分かってもどぶろく作りが始まります。しかし国としたら、ちょっとでもそんなことを認めれば、やがて税源が危うくなります。

取り締まりは苛烈を極めたそうです。次第にどぶろくの隠し方が巧妙になってくる、それでも突然の踏み込み捜査と家探しで見つけられてしまう。それでも作る。母の実家などでは便所の床の下に便器から入れて隠したり、あるいは少し遠い山の中に埋めたりもしたそうです。それでも見つけるとのことでした。そしてたまには見せしめのために警察にしょっぴかれることもあったそうで、どぶろく作っただけとは言え、警察に連れて行かれるなどと言うことはその当時は正に家の大恥。決してあってはならぬことと誰もが考えていたそうです。

私にすれば、現在の日本酒はほぼどれを飲んでも一度に気分が沈みます。頭の先の方が、いっぱい口に入れた途端に重くなるのです。全く楽しいあじわいがない、作り手が人為的に、米の旨味を無理やりねじまげて作り上げ押し付けるような印象です。

私が子供の頃飲んでいたのは当然、原酒にアルコールやぶどう糖、水飴を加えて作るアルコール添加酒または三倍醸造合成酒でした。

でもまだこちらの方が今のものより、少し大らかな楽しさのあった味わいだったような気がします。しかし確かではありません。

あのときのどぶろくは、今の清酒とは全く異なる世界の味わいでした。

とにかく明るく楽しく旨い。たまに今でもどぶろくをもらいますが、あの旨さには程遠い。米もあの頃は今のものよりもっと旨く、そして全く自然まかせの酒造りだったからでしょう。

私はとても不思議なんです。なんで酸味や苦みや様々の味わいがふっくらと豊かに感じられる楽しく旨い酒造りを誰も目指してこなかったのだろうととても不可解に思います。

しかしそんな心から嬉しくなるようなどぶろくの味わいを、旨さとして認めてしまったら、密造酒作りに火に油を注ぐように盛んになってしまう。

だから本当に嬉しく楽しいどぶろくの味わいを抹殺するために、密造酒は毒を含み、身体に害を及ぼすし、しかも本当の日本酒の味わいではないから決して作っても飲んでもいかん、ということを徹底的に知らしめようとしたのではないかと、私は強く考えます。

蔵元が作る、素人にはどんなにあがいても真似のできない研ぎ澄まされた味わいが身体にもよく、真の旨い日本酒であると大衆に思い込ませようとし、同時に、楽しさと嬉しさをもったどぶろくとは違うかなり手を加えた味わいを本当の日本酒の味わいとして大衆におしつけ、市場に流そうという流れがあったのではないかと思います。

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