« 2010年1月 | トップページ | 2010年7月 »

2010年5月

玉名訪問記

玉名訪問記 弓田亨

 

このたびの熊本県玉名市での講習・講演会は、議会議員さんたちの集まりである「蒼風会」の皆さんの食への深い思い入れから実現しました。

 

私は玉名市に行くにあたり、二つの事柄に強い関心がありました。

一つは農村地帯である玉名市の農産物は私が住む大都会のスーパーのものと比べてどうなのだろうかということと、玉名市の私ほどの年配の方々は昔の野菜などの味わいを覚えていて、野菜の質的な変化を自覚しているだろうかと言うことでした。

翌日の試食会の準備のために、人参、ごぼう、大根などを三か所の地元の産物の直売所に行き、買ってきました。そしてそれらを主催者側の方と生で食べてみました。結果としては、東京のスーパーで売られているものよりも、香りや味が薄く、水っぽい味のないものもありましたが、全体として、東京のものと変わらないものばかりでした。大根は一本だけ、水の塊のような青首大根よりほんの少し辛みがあるものがありました。しかしこの大根とて私の記憶の中にあるものとはまったく異なります。

これは既に明らかなことなのですが、日本全土が農薬で病み、視点の間違った必要のない品種改悪、そしてミネラルの幅の少ない化成肥料によって、栄養素の著しく欠落した野菜しかこの日本には存在しなくなったことを意味しています。それと同時に間違った思い込みによる有機農法によるものもありました。例え農薬を撒き散らさなくても、土地に豊かな栄養素やミネラルをもったものを出来るだけ多く与えなければ、栄養素を豊かに含んだおいしい野菜を作ることは出来ません。その農法のような、木々の葉っぱによるたい肥だけでは、十分なミネラルを吸収することはできず、出来る作物は味わいの薄い水っぽいものになってしまいます。

つまり、玉名の農産物は、私がどうしようもないところまで来ていると感じている東京のものと代わりませんでした。

そして多数の方が、現在の水っぽい野菜も以前と変わらぬそれなりのおいしさを持っていると思いこんでおられるのです。以前の農産物との大きな変質に気づいておられないように思えました。

私に説明を受けながら、生で食べてみてようやく、そのあまりの味、匂いの無さに気づかれるのです。あれ、こんなだったっけと愕然とされる方もおられます。

しかしこれは少しも不思議なことではありません。ほとんどの日本人が野菜などの致命的なまでの質の変化に気づいておられず、日本の産物は安全でそして最高においしいと、ただ何となく思い込んでいます。そしてこの思い込みは中国野菜の残留農薬の問題によって、より強固になってきたように思えます。

野菜などの味わいを識別できなくてはならないはずのプロの料理人ですら、まったく気づいていないのですから、普通の人が分からなくても当たり前なのです。

 

既に日本の産物はアメリカと並んで少なくとも先進国の中では最もまずく、致命的に栄養素が欠落していることに気づいていません。

特に、米に関しての思い込みは頑強です。日本の米は、銘柄米だろうが、日本一の評価を受けた米だろうが、以前の私が子供の頃の食欲を揺り動かす豊かなふっくらとした味わいとはまったく異なってしまったことに気づいていません。ましてやタイ米といりこを加えて日本の米のまずさを補うというと、少なくない方が不満げな表情をされます。しかし、炊きあがったこのご飯を食べられて、私の言ったことを理解されます。

 

「失われし~」は、ほとんどの日本人が気づいていない真実を伝えるために、その役割はあるのですが、私は今、そのとてつもなく困難な役割を担おうとしていることを再認識した玉名市での経験でした。

« 2010年1月 | トップページ | 2010年7月 »

2017年2月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28        
無料ブログはココログ